日本学術会議の提言を読んでみる:学術情報流通の現在と未来 9/n

少し間があいてしまいましたが、いよいよ、第三章「提言」に入ります。

http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-24-t297-6.pdf#page=24

ここは、今まで読んできたことのまとめのようなもののようですので、筆者の関心から 斜め読みしつつ気がついた点をメモしていきたいと思います。

まず、喫緊の課題として

学術情報環境のスクラップアンドビルドによる再構築、機能再生と国際競争力強化

が挙げられます。これをどのように実現すべきかということについては

現在分散して交付されている政府補助金を再構成するとともに適正な受益者負担により、新たな経費の発生を最小限に抑えた新しいシステムの構築を目指すべき

とのことです。やはり「政府補助金の再構成」がこの件の肝ですね。本来研究に回すべき費用のいくぶんかが電子ジャーナル会社に不必要に多く回ってしまう、という 状況のようですので、これをなんとかすることは普通に考えるととても重要なことのように思えます。

とはいえ、研究者個人のレベルでメリットを感じにくいようだと、話を進めるのはなかなか難しいようにも思われます。 今は競争的態度を奨励する向きも強いので、全体が減っても自分の研究費さえ多く確保できれば実際の問題は あまり生じなさそうです。それほど長くない研究に費やせる人生の時間を少しでも大事にしようと思った時に 全体のために面倒なことを少々でも引き受けるのか、それともひたすら自分の研究環境の向上のみに邁進するのか、 と考えると、後者を選ぶ人を責める気にはなれません。ですので、負担を引き受けてもらうにしても、 最小限に、そして、できれば、何か目に見えるようなメリットを提供するということは重要かと思います。

人文系の場合には、これもやはり分野によって様々だとは思いますが、J-Stageに個々の研究者が論文を掲載できる 仕組み(Webで成績入力できるくらいの情報リテラシーがあれば対応できる)は用意されているので、少し手間を かける気になれば、オープンアクセスの電子ジャーナルは割と簡単に実現できるのですが、しかし、やはり その少しの手間をかける(=そのために本来の研究にかける時間をこれまで以上にもう少しだけ減らす) 気になれる人がどれくらいいるかという問題は残ります。

さて、続けますと、次は

(1)学術誌購読費用と APC の急増に対応する国家的な一括契約運営組織の創設

です。電子ジャーナルの購入・管理のための法人を立ち上げて、 最初は研究機能が強力な大学や研究機関による一括購読契約を行い、 雑誌を幅広く読めるようにしつつ経費を節減しようということです。 さらに、いずれはAPCの費用も集約するとのことです。これはかなり 多額のお金が動くことになるようですが、それに見合う力を持った 人を少なくとも数人は貼り付けないといけないように思えます。 その当たりで、これは果たして大丈夫なのだろうか、と、やや 不安です。組織がやることは基本的には契約の管理のようですので、 ここでの仕事が研究成果のような形になるのはちょっと難しそうです。 そのあたりを踏まえた上での人材確保がうまくできるとよいのですが…。 人文系で強い研究機関と言えば人間文化研究機構に属する各機関が思い浮かび ますが、そういったところが主に購読しているのは、いわゆる大手の海外電子 ジャーナル会社ではないところにようにも思われます。そうすると、 人文系がここに参加するメリットがどれくらいあるのか、ということも もしかしたら検討の俎上にのせねばならないのかもしれません。

さて、次に、

(2)トップジャーナル刊行を核とする学術情報発信の機能強化と国際競争力向上

ですが、この節はさらに細分化されます。

① 理学工学系の国際的トップジャーナルの刊行

こちらに関しては、できるとよいだろうとは思うのですが、とにかく、 多く引用されるような論文を書いてくれる著者が投稿してくれるという 状況を作る必要があり、これはなかなか難しそうではあります。むしろ、 日本文化に関する人文系の国際的ジャーナルを出すことができれば、それは 日本が出すものがトップジャーナルになれる可能性は高いようにも 思います。実績の数字が必要なのであれば、むしろそちらも並行して 進めるとよいかもしれないとも思います。

② 電子ジャーナルの編集・出版サービスのための法人組織

ジャーナル出版サービスを提供する法人を立ち上げるべし、とのことです。 これもやはり人材確保の問題がちょっと難しいようにも思われます。 また、国際水準のジャーナル出版は、繰り返しになりますが、 引用数の多い論文を書いてくれる研究者に、虎の子の論文を投稿して もらえるかどうかということに尽きますので、そういう意味での 営業力も重要かと思われます。国際的にみて強力な編集委員会を用意できるような 人脈を持つ人にこの仕事を本気でやってもらえるようにする必要がありそう ですが、そうするとどういう人材をどういう風に配置するとうまくいきそう でしょうかね。実はすでに当たりを付けてある分野があって、お金さえつけば 人材も編集委員会もなんとかなる、ということでしたらいいですね。 実際のところ、どうなんでしょうね。

③ ピアレビューを経ない出版への対応

この件については、特に新しい指針はなさそうですが、一方、 ハゲタカジャーナルに関しては対応を強化すべきとのことです。 研究不正では世界でもトップクラスの我が国としては、 そのあたりのことは組織的にきちんと取り組んでいく必要があるのでしょう。

④ 和文誌の被引用インデックスの充実

これはまったく賛成です。ぜひ頑張っていただきたいところですが、 「学術情報流通統計センター(仮称)」の設立が提唱されてまして、 しかしこの件はわざわざ組織を設立するほどのボリューム感のある 仕事にできるのかどうか、ちょっと気になります。受益者負担も 謳われていますが、受益者というのが引用データを作ってもらう(?)側なのか 使う側なのかよくわかりませんが、引用データを作ってもらうのに 多額の費用が必要で、しかしそれを頼まないと研究評価指標に のせてもらえない、というような事態にならないようにして いただけるとありがたいと思ってしまうところです。その当たり、 ちょっと心配性になっております。

⑤ AI 技術を利用した編集・出版支援システムの実現

AI技術の活用は、今はできる人は引っ張りだこで、できる人を引っ張るには 面白くてお金になる仕事にすることが重要かと思うのですが、しかし、 上述のように、論文を刊行するのにあまり多額の費用がかかってしまう ようだと困りますので、どのようにしてそれほど費用をかけずに可能か、ということは色々検討してみて いただけるとありがたいところです。

そして、オープンデータ/オープンサイエンスの話に移ります。

(3)理学工学系におけるオープンデータ/オープンサイエンスの進展

研究データ公開は外国出版社に頼らずに自国ですべし、とのことです。 「このために高い問題処理能力を持った人材の育成と活躍の 場が必要になるため、必要な人材育成のためのプログラムを早急に検討するべきである。」 とのことですが、特に工学系だと特許とか営業秘密などもあるでしょうから、 そのようななかで、オープンデータ・オープンサイエンスをどのように 位置づけているか、というのは個人的にはまだよくわかっていません。 その当たりのことも含めて対応できる高度な人材育成をしよう、ということなの だろうとは思いますが、これもなかなかハードルが高そうです。

人文系の場合、オープンデータの流れに乗って、紙媒体資料をデジタル撮影した ものをオープンデータとして公開する例が増えてきていますが、売れば お金になりそうなものはオープン化しないことも多く、まだまだ、まだらな 感じです。研究データにあたるもの、つまり、資料を基に研究者が作成した 様々な種類のデータに関しては、どこかが集約して管理してくれると ありがたいところです。また、ソフトウェアに関しては、欧米発の人文学向けソフトウェアは 助成金団体の縛りもあって、オープンソースで開発・公開されるものが 非常に多くなっています。

そしていよいよ最後になりますが、

(4)学協会の機能強化

こちらもさらに二つの項目にわかれます。

① 学協会が発行する学術誌の編集・出版を集約した学術出版の高度化

学術出版に関して、学協会が共同することでスケールメリットを 出せるようにしつつ、共同で高度化していこう、ということのようです。 システムの共同開発・運用も謳われていますが、できれば、一からの 開発よりも既存のものをうまく活用するような形にしていただければと 思っております。というのは、自前で独自開発すると、特にユーザ側からの 書き込みが入るようなシステムはメンテナンスもセキュリティ対応も大変で、 結局、依拠しているミドルウェアやフレームワークのメジャーバージョンアップの 時に動かなくなって、しかし、動くように改良するには費用がかかりすぎるので… ということがいかにも発生しそうですので、たとえばOpen Journal Systemを 利用するとか、何かそういう感じにしていただけるとよいのではないかと思うところです。 また、かつて学術雑誌刊行として手当てされていた科研費の研究成果公開促進費は、 今はまさにそういう動きをサポートするような条件になっているので、その流れを 維持していけばよい、ということでしょうか。ただ、あの件は、すでに 協働することが決まっているところに助成をするということであり、 そこに至るまでの諸々の交渉などについてサポートしてくれるわけではないので、 それはやはり大変なところです。

② 連携・連合・統合を推進するための仕組み作り

最後に、少子高齢化を見据えて学協会の協働・統合を推進する仕組み作りが 提要され、日本学術会議としてもこれに注力すべきであるとしています。 それもまったくごもっともな話です。学会事務機能の維持が困難になる 学会が今後増えていくでしょうから、それはなんとかしなければならない 状況かと思います。

それから、「学術法人」を実現すべしという話も出てきます。公益法人のような 税制優遇措置が可能な制度を作るということでしょうか。夢があってよさそうな 話ですが、ハゲタカジャーナルならぬハゲタカ学会の乱立させる誘引にも なりかねなさそうなので、認可に結構手間がかかるような制度になりそうな 気もします。そのあたりは法律に詳しい方々のお仕事になるでしょうから、 よい案配の落としどころをみつけていただきたいところです。

ということで、日本学術会議の提言「学術情報流通の現在と未来」を読んでみる 企画はこれで終了です。ずいぶん長くなりましたが、 なかなか読み応えのある「提言」でした。機会があれば、また別の提言も 検討してみたいと思います。