前回記事の続きです。もう5回目になってしまいましたがまだ半分終わってないような感じで、 長い道のりですね。
前回は「今後10年間に起こるジャーナル出版の大変革」という節を見てきて、今後10年間の見通しに ついて押さえてきました。その次の節ということになります。PDFは14頁目(表記では8頁)ですね。
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-24-t297-6.pdf#page=14
(3)日本発のジャーナルの国際競争力向上のための戦略
② 日本発のトップジャーナル刊行を核とする英語論文誌の国際競争力向上
ここでは、日本発の国際的なトップジャーナルを出すことについての現状と課題が 述べられます。多くの日本の学協会が海外のジャーナル会社から出版して しまうため日本での学術出版サービスが絶滅してしまうのではないかという 危惧を示した上で、むしろ日本発のトップジャーナル発行により日本にジャーナル刊行の知識・経験を蓄積し 専門家を育成できるとしています。これにあたり、新たにジャーナル出版サービス法人組織を 設立すべきとしています。これがうまくいけば、この種の業務に関わる様々な分野の 専門家を育成できる上に博士人材の新たな活躍の場も創出できるとのことです。 筆者はこのあたりのことについてはあまりよくわからないのですが、世界中の大学図書館と 個別に契約を結ばなければ購読料金を集金できないという状況に比べると、今後National Site License で済む国が増えるのであれば、契約交渉にかかる手間はかなり減らせるようになってきている のではないかと思います。また、オープンアクセスでAPCが収入の主体になっていく のであれば、むしろ投稿者とのやりとりがメインになっていくことになり、 集金の仕方も楽になるのではないかという気もします。投稿費用に必要な予算を 持っている研究者が投稿したいと言ってくるところに料金表を提示するという 仕事は、世界中の大学図書館に購入希望を募ってタフなネゴシエーションに 付き合わされながら弱小出版社だからと値踏みされるのに比べたらずいぶん楽では ないかと思います。ただ、ジャーナル出版事業は、エルゼビア社が「もう商売にならない赤字事業だ」 と言っているようなものですので、超大手がそういう風に言っているということは実質的なダンピングを 仕掛けてくるような形になる(と言ってもそういう大手が日本の新法人を意識してそうするという わけではなく顧客との交渉で値下げしていった結果そうなるという意味で) 可能性もあり、収益化を目指してしまうと赤字が問題にされて にっちもさっちもいかなくなるのではないかということも微妙に心配です。 IFの高い国際ジャーナルを日本から出せるなら、学協会がジャーナルを出すことに ついての当事者意識を保つことをはじめとして様々な好影響が期待できますので それはそれで良いことだとは 思うのですが、そのためのコストをどれくらい許容するかということも考えるとなかなか 難しそうです。
この節は次の節の話とかなり深く関わるような気がしますので、このまま次に いきたいと思います。
③ 和文誌の多言語同時出版による国際的認知度向上
まず、日本誤ジャーナルの意義と現状、その課題について簡潔にまとめています。 技術者教育を担う重要な学術情報発信手段という位置づけではあるものの、 ほとんどはIFがないために業績として評価されにくく投稿数が減少しているとのことです。 また、翻訳されて学術情報として国際的に流通しているものもあるが、 それが正しく引用されないという問題もあるようです。 JaLC DOIが和文ジャーナルでは広く普及していますが、これが 国際的な学術出版社が引用情報作成で利用しないために被引用情報が 参照されないのだそうです。これを解決するには、1本1ドルの Crossref DOIを付与する必要があるそうです。
また、論文がPDFでしか 配布されず、XML化ができてないことも問題のようです。これは論文本文の XML化のことではないかと思います。たしかに、 この学術会議の提言もPDFでしか配布されていないので、もうちょっと なんとかなればなあと思うところではあります。とはいえ、書誌情報のXML化に 比べると色々ハードルが高く、もう少し時間がかかってしまうのではないかと 思います。 たとえばScholarOneのような論文査読システムではXMLを自動生成 する機能を持っているのでこれを活用すればよいのだそうですが、 しかしScholarOneのようなものは利用料金が高いのでこれもなかなか難しいところのようです。 あるいは、そもそもMS-WordはXML形式なのですから、そこから自動的に 論文用XMLスキーマに自動的にコンバートしてくれる仕組みをどこかで 無料で配布してくれれば問題はずいぶん解決するのかもしれません。 (すでにあるかもしれませんが)
さて、次の段落では、日本語ジャーナルの被引用インデックスを充実させるべきであると いう話が出ます。元々、NIIが引用文献データ作成事業を行なっていて、それを JSTが引き継いだのだそうですが、2016年度以降の同定処理が完了していない、 というやや衝撃的な話が書かれています。予算等の問題から、と書いてあります ので予算が足りないということなのだろうと思いますが、NII時代はいくら使っていて、 移行後はそれがどれくらい減ったのか、それとも拡張しようとしてお金が足りなくなったのか、 非常に気になるところです。どこかにそういう情報は公開されているのかもしれませんが、 不勉強でなかなかたどり着けません。いずれにしても、日本誤ジャーナルの価値の 低下を少しでもやわらげるためには、信頼清野ある被引用インデックスの作成は 必須でしょう。ここは、日本語の学術情報を守るためにかなりお金をかけてもよい ところではないかとは思います。皆が英語がすらすら読めるようになれば あまり気にしなくてもよくなるのかもしれませんが、技術情報は、技術者だけでなく 経営判断をする人達にもある程度周知される必要があります。また、一部のいわゆる 高偏差値層はどういうカリキュラムでも一定の能力を獲得してしまいますが、 昨今の英語教育はリーディングの比重を下げてきているため、読める人は 全体としては減っていく可能性があり、そういう意味でも日本語学術情報は むしろ重要性が高まっていくのではないかと思われます。
人文学の観点からは、日本語の学術情報はまた別の観点からも非常に重要です。自分の国の 社会や文化がどうなっているか、自分の国の言葉で語れるような基礎を形成しておく ことは重要なことですし、日本語をメインの公用語としているのは日本政府だけですので、 それについては日本政府が責任を持つようにしないことにはどうにもなりません。 法律、歴史、文学、言語、哲学、民俗、社会等々、日本語できちんと 語れるようにしておかねばならないことは非常に多くかつ多様であり、 とにかく、フルセットの言説空間を日本語で用意する必要があります。 実際にはフルセットであると思えるような、あるいは、フルセットにすることを 志向していると思えるような状況を維持していくことが重要なのだと思っています。 この段落の提言に引きつけるなら、そのために人文系の日本語論文被引用インデックスの作成が 一定の有用性を持つのであれば、なんらかの形で取り組んでみてもよいのでは ないかとも思っています。ざっと見た限りでは、被英語圏のジャーナルを対象として試行したプロジェクト としては「紀要を見直す―被引用分析を通じた紀要の重要性の実証と紀要発展のための具体的提言」 というのがあるようです。他にもご存じの方がおられましたらぜひご教示ください。
さて、また提言の方に戻りましょう。次の段落では、急に具体的な話になります。 AI翻訳を使って多言語学術情報発信をしてしまえばよいのではないか、ということで、 これは技術的にはすぐにできそうですし、費用もそんなにかからなさそうですので、 なるべくはやくに事業化してしまってもよいのではないかという気がします。
この節の最後には、やはりAi技術を用いることでジャーナル編集における 様々な局面を支援してもらえるのではないか、という期待と、それを 前節で述べられた新しい支援法人組織が利用すれば効率化が可能である ということが述べられます。今のディープラーニング技術は基本的に コンピュータが出した雑な結果を人間が適宜解釈する形で受容されており、 精度次第ではあまり助けにならないこととか、精度を高めるためには 一定の事項についてのまとまった量のデータが必要であることなど、 現業に関してどれくらい期待できるのかはやや未知数な面もあり、 また、次の技術パラダイムが出てきたときにどう対応するのかも 考えておかないと新しいガラパゴスを作ってしまうことになるかも しれないので、と、気になる事項を色々挙げればきりがありませんので、 予算がつくことがあれば、とりあえず、えいやっとやってしまうのが よいのではないかと思います。
ということで、第二章の「(3)日本発のジャーナルの国際競争力向上のための戦略」は ようやく終了して、次も(3)ですが、「(3)オープンデータ/オープンサイエンス」に 入ります…というところで、今夜は力尽きました。また次回に続きということで、 よろしくお願いいたします。