日本発のプレプリントサーバJxivに論文を載せてみました

いわゆる10兆円ファンドの運用主体としてますます注目を浴びる科学技術振興機構(JST)が、最近、プレプリントサーバの運用を開始したそうです。その名もJxiv。すでに海外にいくつか著名なプレプリントサーバがあり、国内でも筑波大学が筑波大学ゲートウェイというプレプリントサービスを含む包括的なサービスを開始していることもあり、どういったところで個性や存在意義を打ち出していくのか、気になるところです。とりあえず「誰でも投稿できる」「日本語論文でも大丈夫」「人文系でも大丈夫」というのが特徴になるような印象を持ちました。(間違っていたら申し訳ありません)

プレプリントサーバは、サイエンスの崇高な理念を体現する存在であり、オープン性を踏まえた知識循環の基盤となるものと認識していたところであり、また、それゆえに、そのラディカルなオープン性に親和性が高くない分野やワークフローなどにはちょっと縁遠いものかもしれないと思ったりもしていたところでした。

とはいえ、この種の動向は、1990年代から遠巻きに見ていただけで、なかなか自分で投稿するには至らず、しかしながら、いつまでもそうしていてもわかることは少ないので、よい機会だと思って、いずれ某雑誌に投稿しようと思って温めていた原稿を投稿してから考えてみることにしました。

もちろん、忘れてはいけないのは、「未発表論文であること」を投稿規定に掲げている論文雑誌は結構多く、プレプリントサーバで公開した時点で、投稿できる雑誌が結構減ってしまう、という点ですが、まあ、どこかに投稿できるはずだと思ってとりあえず投稿してみたのでした。

ここでまず、正直に申し上げると、Jxivが公開された時点では、この「投稿ガイドライン」というタブやそこに掲載されたPDFファイルは、いずれも「ガイドライン」となっているだけで、ここに投稿に関する必須事項が記載されているとは気がつかず、まあガイドラインだから守っても守らなくても掲載はできるだろう…と甘くみて投稿してみたところ、色々足りないということで丁寧に確認していただき、いったん差し戻されました。

これは、「ガイドライン(当時の名称)」をちゃんと読めば書いてあったことですので、みなさまにおかれましてはきちんと読むことをおすすめしますが、「ジャーナルに投稿する論文を投稿せよ」という話であるにも関わらず、自分が投稿するジャーナルのフォーマットで投稿したら、ダメ、ということでしたので、このあたりの「ジャーナル」の定義や位置づけなどは、どこかの分野に沿ったものなのかもしれないとも思ったところでした。とくにびっくりしたのは、「利益相反に関する開示」の記載が論文中に必須だったことで、これは人文系の日本語論文ではそんなにみないかなあ…と思ったのでした。日本語論文の論文中に書く場合の書き方もよくわからなかったので、ググって調べてみました。ただ、利益相反の定義は学会によって異なる場合もあるようで、学会、あるいはジャーナルとして、利益相反に関する開示を記載する基準を提示しなければ、あまり有用な開示はできないのではないか、とも思ったところでした。あるいは、人文系にも対応するということであれば、過渡的には、この記述は任意にしてもいいのかもしれないとも思ったところでした。

最初の方だったせいか、結構丁寧に対応していただいて、こちらとしても大変恐縮してしまったところではありますが、一方で、こういうチェックをすることで、1日あたり何本くらい処理可能な体制になっているのだろうか、というのもちょっと気になりました。

なお、差し戻された際に「これは「ガイドライン」という名称ではなく「投稿ガイドライン」にした方がよいのではないでしょうか?」と担当者にお伝えしたところ、今は「投稿ガイドライン」としていただいたようで、同じことを言ったのは私だけではなかったのかもしれませんが、いずれにしても、このあたり、手作り感があっていいですね。

というようなことで、最初の方で書いたことに少し戻るのですが、「未発表論文であること」と投稿規定に掲げている雑誌については、「ただしプレプリントサーバについてはその限りでない」というような文言を投稿規定に追記してもらわないと、今のところはプレプリントサーバを使うことはできなさそうですね。ちょっと投稿規定をググってみましたが、ちょっとググった限りでは、どこの学会も「未発表論文」を条件に挙げていました。既発表論文を査読・掲載してくれる雑誌、という言い方をすると、それはそれで色々問題がありそうですので、やはりプレプリントサーバを例外的な場として位置づけてもらうのが穏当なのだろうと思いました。

とはいえ、プレプリントサーバと言っても、結局、査読前論文が公開されてしまうのだとしたら、いくつか難しい問題が登場してきそうです。すでにプレプリントサーバをワークフローに組み込めている雑誌ではそのあたりを十分に議論した上でクリアできているということなのだと思いますが、やはり、一度公開されている論文に対して査読をするのは、査読者側の負担が少し大きくなってしまうのではないかというのは気になるところです。未発表論文への査読に比べて、査読の内容についての説明責任がよりオープンなものとなることが想定されるからです。もちろん、サイエンスの発展を願うならその方が理想的なのですが、そもそも査読という行為は負担が大きい割に具体的なリターンが少なく(本来は、学術の水準を維持するという大きな意味での極めて重要なリターンはあるのですが)、それがプレプリントへの査読ということになると、説明責任が重くなる分、査読の引き受け手がますます減るのではないか、というのはちょっと気になるところです。メジャーな分野ならそれでも大丈夫かもしれませんが、マイナー分野で潜在的査読者が少ないところだと、説明責任のプレッシャーを増やすことはちょっと難しい状況を生み出すかもしれない、と、少し心配になるところではあります。

それから、人文系のなかには、出版社に雑誌刊行を頼んで市井で販売しているところもまだあるように仄聞しておりますが、そうすると、プレプリントサーバに載せて原稿を公開すると売れなくなってしまうという心配が出てきてしまわないか、ということで、そういう雑誌はプレプリントサーバの話には乗ってこないかもしれないとも思いました。

これに加えてやはり気になるのは、J-STAGEであれほどJATS/XMLを推しているのに、Jxivは今のところJATS/XML等による全文XML投稿は受け付けていないようだ、ということです。技術的には、JxivはカナダのPKPが開発しているOpen Jounarl Systemという気の利いたオープンソースのシステムで構築されているようであり、確か、JATS/XMLを使えるようにするためのプラグインがあったような気がするので、それを導入すれば割と簡単に全文XML投稿できるようになるのではないかと思ったりもしました。が、まあ、ワークフローを絞り込むのは運用コスト低減には重要なので、そのあたりを考えてのことかもしれませんね。

というようなことで、みなさまにおかれましても、ご自身が投稿予定の雑誌の投稿規定を確認した上で、問題なさそうならぜひプレプリントサーバを試してみましょう!それから、投稿前には「投稿ガイドライン」を熟読しましょう!