「楽譜のデジタル化」という課題

筆者は、2000年くらいからTEI (Text Encoding Initiative) ガイドラインの勉強を開始し、デジタルテキストを用いた研究の可能性と課題について、探求と実践を繰り返してきた。デジタル化とは、単にデジタルカメラで撮影してメタデータをつけるだけでなく、全文テキストを作成し、その構造を何らかの方法で機械可読な形で共有することも含んでおり、そのようにすることで、テキストを主に用いるタイプの人文学を大いに振興することができるとともに、テキストを扱う研究の伝統的な営みを未来につなげていくことができる。

一方で、「楽譜」のことは横目に見つつ、いつも気になっていた。音として再現できるようにデジタル化するのは重要だが、それだけでなく、たとえば中世写本において、テキストの内容そのものが重要であるだけでなくそこに含まれる多層的な内容もまた歴史や思想の様々な痕跡の探求に寄与するが故に構造的にデジタル化する手法がTEIガイドラインを通じて高度に発達したのと同様に、音に関する情報だけでなく、楽譜の実際の書かれ方、あるいは演奏家によるメモなど、楽譜に含まれる様々な要素も何らかの形でデジタル化された方が研究の可能性を高めるのではないか、と思っていたのだった。

そうこうしているうちに、いつのまにか、Music Enconding Initiativeガイドラインというものが発生し、 主に北米やドイツ語圏で発達しはじめていることに気がついた。名前が想起させるとおり、TEIガイドラインと互換性があるようであり、TEIガイドラインの ように、研究者の要望に応じて柔軟に様々な記載内容を構造化できるものであった。そのように、技術的なことは なんとなく想定できるのだが、しかし一方で、これが音楽研究者、楽譜を研究対象とする方々にとってどのような 意義を持つのか、どのように有用なのか、ということはまったくわからずにいた。音楽や楽譜を研究しているわけでは ないので、それで困るというわけではないのだが、DHという枠組みで研究活動をしていると、デジタル音楽学を 研究する海外の方々ともそれなりに付き合いができ、話を聞いていると、このような、楽譜をデジタル化するための 重要と思われる手法の一つが日本であまり知られていないのはちょっとまずいのではないか、という気持ちもしてきており、それは 徐々に強まってきていた。

そのようにしてとても気になってきていた状況において、このMEIガイドラインを楽譜研究とそのデジタル化の流れのなかに 位置づけることを検討し、さらに論文まで書いてくださるという若手研究者が登場したのである。 ここでは、デジタル学術編集版楽譜、という、文献学にも通じる概念とともに、関連するMusicXMLとの対比の中でMEIガイドラインを位置づけている。 楽譜のデジタル化やその研究利用に関心をお持ちの方や、いずれそれに関わるかもしれないという人は、ぜひご覧になってみていただきたい。この論文は、 以下のURLにて、機関リポジトリで無償公開されている。

関慎太朗「デジタル楽譜の類型化とデジタル楽譜文化を支える フォーマットについての考察

そして、できることなら、ご自身の取り組みのなかでこれがどう位置づけられるかを検討してみていただけたらと思っている。 さらにわがままを言わせていただけば、それを、私信でも立ち話でもエッセイでも論文でもいいので、何らかの形で筆者にも伝えていただけると、なおありがたい。