「デジタルアーカイブ」構築のロジと専門知識

いわゆる「デジタルアーカイブ」があちこちで構築されるようになってずいぶん経ちます。ジャパンサーチが登場したことで、とりあえず構築した後にメタデータを提供すれば、利用者に発見してもらえる可能性も高まってきました。これからますますデジタルアーカイブは増えていくことだろうと期待するところです。

そのようななかで、日頃色々な方々からこの種の事柄についてのご相談をいただき、仕事を増やし過ぎてお返事もなかなかできない状況なので申し訳ないと思っているのですが、ここしばらく、多くの相談に共通することがあるように思って来ましたので、少しその点についてまとめて当方の考え、というか、やっているとそうならざるを得ない…ということについて少し述べておきたいと思います。テーマは、表題のとおり、「「デジタルアーカイブ」構築のロジと専門知識」です。

よりよいデジタルアーカイブを構築したいと思うと、詳しい目録情報が欲しいとか、既存の本の目録と対応づけた形で公開したいとか、古典籍古文書だったりするとテキストデータが欲しい、等々、色々な可能性を思いつく人もいらっしゃるでしょう。また、画像を超高精細で撮影したいとか、部分的にアノテーションをつけたいとか、完全平面画像がいい、3Dにしたい、等々、技術面でも色々な可能性を考えることがあるでしょう。もちろん、便利な情報や機能があればあるほど利便性は高まり、利用してもらえる可能性も高まります。

一方で、そういう要望を目にしたり耳にしたりすると、そんな手間暇はかけられない、という話をする人も多いかと思います。実際の所、人手をかけることは予算をかけることとほぼ同義ですので、つまり予算がない、ということは多くの現場に共通することかと思います。このあたりのことをどう考えればいいのか、ということについて、すでにわかっている人も多いと思うのですが、念のため書いておきたいというのが今回の趣旨です。

基本的に、デジタルアーカイブをよいものにするためには、「内容を深める」「技術的に高度化する」という二つの方向性があります。もちろん、両方をミックスすることでよりよくすることも可能ですが、まずは片方ずつみていきましょう。

「内容を深める」

「内容を深める」というのは、上述のように、具体的には色々ありますが、つまり、内容に関する専門知識に関わる情報を増やすということになります。これには、内容について専門知識を有する人を動員する必要があります。これにも深さに応じて対応できる人のタイプは変わりますので、そこで扱われる資料を長年研究している専門家から、資料の出納をするだけの仕事をする人まで、色々な人を想定した上で検討する必要があります。

基本的に、「専門家」は数が少ないので、かけられる時間としても費用としても、専門家に依頼する必要があるような事項であれば、大きなコストを見込んでおく必要がでてきます。費用をまったく考慮しなくてよいのであれば「当該資料の専門家」を雇用してしまうのが一番です。ただ、その「専門家」に、せっかく雇ったのだからと他の仕事も色々やってもらう形になってしまうと、この仕事に割ける時間が減っていって内容をあまり深められなくなってしまう、ということになりますので、その点も注意が必要です。ただ、実際のところ、そんなことができる機関はほとんどありませんので、普通は既存の人材に頑張ってもらうことになります。

既存の人材ということであれば、やはり当該資料の専門家がいる場合もあれば、資料の出納以上のことには手を出さないところもあります。たまに、「自分のところが持っている資料なのだから時間外で勉強して当該資料の専門知識を身につけるべきだ」という人がおられますが、世はワークライフバランスの時代ですので、採用時点でそういう知識を持っていることを前提としたポストでない場合、業務としてそういうことに取り組んでもらうのは基本的にかなり難しいでしょう。あるいは、研修の一環として、社会人大学院生としてどこかの修士課程で2,3年勉強してきてもらうのもありかもしれません。

さて、そのようなことですので、既存の人材がどれくらいの手間をかけてどれくらいのことをできるのか、ということを見極めることがまずは重要になります。ここでもう一つ気をつけねばならない落とし穴があります。それは、「今の担当者が別の人に交代しても可能なのかどうか」という点です。時々、業務時間外でもOK、サービス残業上等、空き時間は仕事も勉強もどんとこい、とにかくできることはなんでもやって自分の組織の評価を高めます、という奇特な人がおられます。(ちなみに、昭和生まれの研究者はそういう感じの人が大変多いように感じておりますが、デジタルアーカイブ構築に関わる場合には、そういう考え方をいったん離れた方がよいことをよく認識してください。)その人がそのポストにいる間はどんどん進めれば良いのですが、その人は、多くの場合、数年以内に人事異動でどこかに行ってしまいます。仮に、次も似たような人材が来るとしても、しばらくは引継ぎや新しい業務の習得などであんまり動けなくなりますし、常にそういう人材が配置されるとは限りません。(私が言っても説得力が無いのですが)普通は、ワークライフバランスを重視するものであり、人間社会はよく働きよく休むことによって回っていくものです。ということで、人が交代する職場の場合には、定められた職掌の範囲で対応できることを意識しながら、「何をどこまで深めるか」を検討する必要があります。そもそも、貴重な資料になると、きちんと保存して出納するだけでも結構大変です。それにまつわる色々な業務もこなした上で、デジタルアーカイブの内容を深める仕事にどこまで関与できるのか、関連する組織の状況をよく踏まえた上で検討する必要があります。

「技術的に高度化する」

「技術的に高度化する」方向に関しては、かつては色々独自のシステムを構築したりIT企業の高価で互換性のないシステムに大金を支払わなければならなかったりしてなかなか大変でしたが、近年はIIIF (International Image Interoperability Framework)の普及により、あるレベルまでは簡単に構築したり発注したりできるようになりました。画像を拡大縮小しながら閲覧して、メタデータを検索して検索結果を表示する、くらいのことであれば、かなり容易にできるようになってきました。システムの高度化に関しても、IIIF対応で構築・公開すれば、IIIF Curation Platformを利用して注釈をつけたり、みんなで翻刻に取り込んでもらってみんなで文字起こしをしたり、といったことができるようになっています。ジャパンサーチにメタデータを提供すれば検索機能が提供されることになりますので、検索機能も自前で提供しなくてもいいかもしれません。そうすると、「IIIFに対応した公開」をするだけで色々なことができるようになります。

ということは、言い方を変えると、技術的に高度化しようと思ったら、そういったサービスを超えるもの、あるいは別方向で何か工夫する、といったことが必要になります。それはそれで価値のあることで、たとえばコンテンツ情報を地図上にマッピングする、といったこともあり得ますし、テキストデータをより深く構造化した上で画像の任意の箇所とリンクする、といったことも考えられます。最近は、色々な便利な機能を簡易に開発するためのツールがフリーで使えるようになっていますので、作るだけなら色々なものが割と簡単に作れます。外注すると独自拡張は結構高く付きますが、内製してしまえば人件費だけで作れてしまいます。素晴らしいですね。

…と、そこで出てくる課題が、先ほどと同様に、引継ぎの問題です。あるいは、サステナビリティと言ってもいいでしょう。技術的な高度化は、システムの方に入るので、一度作ればしばらく使えます。が、内製した場合、担当者が交代した時のことを考えておく必要があります。こういうものを作る人は、サービス残業上等、という人が多いと思いますが、それでもやはり、そうでない人が次に配置された場合のことは考えておく必要があります。研究者とか専門職的なポジションの人なら異動しないから大丈夫、ということもありますが、それでも、定年はありますし、もっとよい職場を目指して急に転職してしまうこともあります。○○先生が作ってくれたシステム、転職後はどうしよう…という話はちょこちょこ耳にします。これもなかなかの悲劇です。

 では外注なら大丈夫なのか、と言えば、実はそれはそれでかなり危険な場合があります。カスタマイズということは、その外注先でしか作れないものを作ってしまうことになりかねないのですが、デジタルアーカイブのシステムは、OSやサーバソフト等のセキュリティ対策アップデートに期限が定められているため、5~8年くらいで必ず入れ替えをしなければなりません。その入れ替えの際に、カスタマイズされていると高額な費用を請求されてしまうことになります。(ただし、「オプションでIIIF対応」ということならばむしろ開放的になりますので大丈夫です)。ですので、がんばって予算を確保してスペシャルな機能を付けた…ということが、数年後の担当者の苦労を増やす、ということになる場合があります。

ということで、こういう場合には、やはり引継ぎ可能かどうか、ということを中心に考えていくことが重要です。内製にしても外注にしても、「他の人・会社が対応できるかどうか」がポイントになります。そうすると、無難なのは、なるべく(国際)標準的な規格や技術に沿ってデータやシステムを作る、ということです。これができていれば、他の人が引き継ごうとした時にも、説明文書がすでに世界に公開されていますので、それをみながら対応できます。逆に言えば、独自のものを作ってしまうと、作った人しか説明文書を作成できないので、作った人の仕事を増やしてしまう上に、説明文書がない部分はよくわからないから誰も手を出せない、ということになりかねません。

まとめ

ということで、専門知識をデジタルアーカイブ構築に活用できる状況というのはそんなに多くないし、専門知識があったからとて、それを中心にロジを組立ててしまうと先々大変なことになってしまうこともあるので、専門知識を活かす際には業務上の互換可能性を意識しつつロジを検討するのが重要です、ということでした。