日本学術会議の提言を読んでみる:学術情報流通の現在と未来 8/n

前回に続いて、日本学術会議の提言「学術情報流通の現在と未来」を読むシリーズです。 8回目です。

今回は、学協会の機能強化という話になるようです。

(4)学協会の機能強化に向けて

① 我が国の学協会の現状と将来予測

http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-24-t297-6.pdf#page=19

冒頭からいきなり、深く肯かざるをえない状況説明があります。

我が国では小規模で狭い専門分野の学協会が乱立し、手弁当での運営を余儀なくさ れているとともに、その多くは会員の減少に苦しんでいる (中略) 今後さらに少子高齢化による会員減少が加速化すると、いずれは海外の学協会や隣接した分野間での会員獲 得競争が始まり、一部の学協会では活動が立ちゆかなくなる事態も想定される。

人文系もまさにその通りになっています。そもそも大学院進学者が減っているようで、 学会の「若手」も減る一方、というところが少なくないような感じです。私が 大学院生だった頃と異なり、非常に厳しく指導してそれでもついてくる人だけを 相手にする、とか、だめな点だけを指摘しておけば解決策も自力で考えるし メンタル的にも問題は生じない、とか、将来は大変だけどそれでも大丈夫か と念を押して、それでも進学する人が結構いる、とか、そういう時代ではなくなって しまっていますが、そういう状況にあわせて学会の在り方から雰囲気まで作り替えていく というのはなかなか難しいようです。特に、周囲の環境の変化も大きいところです。 私が院生の頃、1990年代半ば、指導教員に言われたのは「同期が課長になって子育てもしている頃、 予備校の先生でもいいですか」ということでしたが、今振り返ってみると、 予備校の先生でいられたらかなりいい方です。その頃は塾講師のアルバイト代も 今よりはずっと高かったように思いますし、教育産業が基本的に華やかでした。 その後の少子化によってシュリンクしていくことはなんとなく見えていましたが、 まだ持ち直すかもしれないという期待感も少しありました。そのようなことで、 大学院に進むにあたっても、セイフティネットのようなものが教育産業 の中で自然と形成されていたような感じでした。現在は、少子化により教育産業もかなり 厳しい状態になっているようで、院生がどこかで勝手に食い扶持を見つけて きてくれるので研究指導さえしていればよい、という状況ではなくなって しまっているような気がします。そのような状況で学会が院生や若手の集う 場になろうとするためには、むしろ若手のプロモーションを真剣に考え、 彼らが知的充実感を得られるような場を提供していく必要があるでしょう。 そういう方向に進むことのできている学会もあると思いますが(その意味で 情報処理学会には学ぶべきものが多いと思っています。)、困難に 陥っている学会も少なくないと仄聞しています。

次の段落では、海外の学会の大規模化と収益構造の話が出ています。会員の規模だけでなく、 出版やデータベース販売などの営利事業からの収入もあるのだそうです。 確かに、海外だと、学会の会場がシェラトンホテルとかマリオットホテルの貸し切りだったりと、 日本だと理工系の裕福な分野でなければなかなか想像できないような学会が人文系の学会でも あります。ただ、学会の参加費も相当高額なので、何かもう少し、常識のレベルで異なる事象が あるのではないかとも思うのですが、それはそれとして次にいきましょう。

…と、この先もしばらく、日本の学会の先行きが暗いという話が続きます。 「資格認証や検査事業等の営利事業収入がある工学系学協会」は潤沢だが、 会員2000人以下の学会は基本的に下降線であり、一方で学会活動維持の 負担が若手に集中してしまうことが問題視されています。これもまったく おっしゃるとおりで、ぐうの音も出ません。私もいくつかの学会で結構な 仕事を負担をしていて、ある年、さらに一つ増やしたら完全にダブルブッキングしてしまって 全然仕事ができなかったので翌年度は委員を外されたということがありました。 先方にもご迷惑をおかけして、それまでの学会の仕事も精度を下げてしまった ので、ひたすら反省するしかなかったのですが、まあそんな感じでどこも 厳しい状況なのだろうと思います。

 提言の方では、やや厳しく、中小学会の盲目的な継続による弊害を問題視しています。 後ろ向きな理由だけでなく、「新領域を開拓し学際領域へ拡大することによって当該分野の発展を先導し、 国際競争力を維持強化するという本来の学協会機能を発揮するためにも」とのことですので、 そのような高い志をもって学会の連合や統合を検討していくことは今後(すでに今も、ですが) 重要であろうと思います。

 なお、人文系や人文情報系でも、そういう風にした方がいいのではないかと思われるものは いくつかあるのですが、話を聞いてみるとそれなりに色々理由があって、 今の主導者が生きている間はなんとかして続けるのだろう、という話になってしまうことが多いです。 実際のところ、学会の場での議論の性質が全然違う場合もあり、簡単に統合してしまってうまくいく わけでもないということもありそうですので、まだちょっと時間がかかりそうな事柄です。 自分が関心を持たない議論に接した時に「そんな議論に何の意味があるのか」ということを言わない人が増えるといいのかもしれない、とは 思うのですが…。その当たりのメンタルというか発言様式のようなものも少し変えていく必要が あるのかもしれません。

さて、次に、いよいよ学術出版の持続可能性の方に話が進みます。

② 我が国の学協会による学術出版の持続可能性

これまでの話の流れを受けて、小規模学会による零細出版の問題と、大規模化の必要性が ひたすら主張されます。概ねおっしゃるとおりですが、国内人文系学会の場合、 一つ大きく状況が違うように思われるのは、 「会費を投入して多くの被引用数ゼロの論文を出版する意義がどこにあるかという批判」 という点でしょうか。被引用インデックスを作っていないのでなんとも言えない面も ありますが、基本的に、極めてオリジナリティの高い内容のものが多く、 引用云々というより、続く研究の礎として、すぐにではなくても数年後、 十数年後、数十年後にさらに大きく華開くようなものも少なくありません。 そこまでいかずとも、引用が全然行なわれないような論文は少ないように 思われます。(私が知らないところにはそういうものもたくさんあるのかも しれませんが…)。

とはいえ、零細出版が持続しないであろうことはまったくその通りです。 ここでは編集・出版の集約化を行なうことでスケールメリットを出していく ことが提起されていますが、それも一つの選択肢だろうと思います。 ただ、編集・査読体制をうまく整理しないと、ダメな論文がするっと 掲載されてしまったり、良い論文なのに査読者のスタンスの違いで 掲載されなかったり、といった事が、下手をすると分野単位で生じてしまい かねないので、とにかく、やるならうまくやっていただきたいところです。 ただ、「外部の出版法人組織としてベンチャー化するなどの将来展開」 あたりになると、ちょっと広げすぎかなという気もしないでもないです…

というわけで、次は学協会の連携・連合・統合化の話に入るようです。

③ 学協会の連携・連合・統合化による活動強化に向けて

これまでも連携・連合・統合化は提言されてきたそうですが、 実のところ「連携・連合体による事業の共同運営には、強い法人会計上の制約」 がネックの一つになっているようです。たしかに、会計的な難しさがあちこちに 顔を出すであろうことは、小さな一般財団法人に属している身としては なんとなく想像つきます。とはいえ、

「統合以外にオプションがないという追い込まれた状況での合併は失敗する」が、「余力がある内に未来志向で行った合併は成功する確率が高い」

ということが米国における大学統合でみられたようですし、それはもっともなことだと思います。

とにかく学会活動はスケールメリットが大きく、なるべく大型化した方がよいと 強調されます。 そして、統合体が難しいとしても連合体なら可能なのではないかということで、 地球惑星科学分野における「公益社団法人日本地球惑星科学連合」の事例が紹介されます。

個人的な経験からしますと、組織が大型化するとコンセンサスの形成が大変になって、 上が取り回す新しい動きはある程度できるとしても末端からの新しい動きがしにくくなってしまう 面があるように思ってまして、新たに小さなものができていくこと自体はかまわない が、いずれそれが大きな連合体に属していくような、そういう流れならよいのかもしれない と思ったりもしました。

そして、学術会議が連携・連合に向けてあまり機能できなかったことを 反省しつつ、今後、なんとかして推進していくことを検討すべきであるとしています。

そしていよいよ、最後の章の提言に入ります…が、今夜はこれくらいにしておきたいと思います。

第三章 提言