人文学研究者必読の第六期科学技術・イノベーション基本計画のポイントを確認してみる

科学技術基本法は、しばらく前までは「科学技術(人文科学のみに係るものを除く。以下同じ。)」という 文言で人文学を除外していましたが、令和3年4月、「科学技術・イノベーション基本法」に変更されて 施行され、これにともない、人文・社会科学が含まれることになりました。今後は、人文学に関しても政策的な 研究事業のある部分はこれに沿って進められることになるようです。いわば、科学研究一般の一部として 学術政策により強く組み込まれることになるのだろうと思っております。

では、人文学はどういう風に組み込まれたのでしょうか? ここでは、筆者がネットで調べられる範囲で、この基本計画にどのように人文学が組み込まれているのかを 関連資料とともにみてみましょう。

内閣府の 第6期科学技術・イノベーション基本計画 の頁にこれまでの経緯や、今回の法改正を受けた基本計画の文書(PDF)などが掲載されています。 全84頁のこのPDFファイルを「人文」で検索すると45件あるようです。

「人文」という語は文書の各所にちりばめられていますが、実施される計画を具体的に まとめているのは56頁のようです。「⑦ ⼈⽂・社会科学の振興と総合知の創出 」として 7項目が挙げられています。とりあえず一つずつみてみましょう。

第一項目

(1) ⼈⽂・社会科学分野の学術研究を⽀える⼤学の枠を超えた共同利⽤・共同研究体制の強化・充実を図る とともに、科研費等による内在的動機に基づく⼈⽂・社会科学研究の推進により、多層的・多⾓的な知の 蓄積を図る。

共同利用・共同研究と言えば、「全国の研究者に共同利用・共同研究の場を提供する、日本で4つの中核的研究拠点です。」 というキャッチフレーズでおなじみの、大学共同利用機関法人が思い浮かびます。人文系だと、 人間文化研究機構傘下の6機関( 国立歴史民俗博物館国文学研究資料館国立国語研究所国際日本文化研究センター総合地球環境学研究所国立民族学博物館 )があります。これに加えて、国際共同利用・共同研究拠点や共同利用・共同研究拠点というのもあって、 人文・社会科学系では、前者には日本文化資源デジタル・アーカイブ研究拠点として 立命館大学アート・リサーチセンター、 後者には、 北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター(スラブ・ユーラシア地域研究にかかわる拠点) 東京大学史料編纂所(日本史史料の研究資源化に関する研究拠点) 東京大学社会科学研究所附属社会調査・データアーカイブ研究センター(社会調査・データアーカイブ共同利用・共同研究拠点) 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所(アジア・アフリカの言語文化に関する国際的研究拠点) 一橋大学経済研究所(「日本及び世界経済の高度実証分析」拠点) 京都大学人文科学研究所(人文学諸領域の複合的共同研究国際拠点) 京都大学経済研究所(先端経済理論の国際的共同研究拠点) 京都大学東南アジア地域研究研究所(地域情報資源の共有化と相関型地域研究の推進拠点) 京都大学東南アジア地域研究研究所(東南アジア研究の国際共同研究拠点) 大阪大学社会経済研究所(行動経済学研究拠点) 大阪市立大学都市研究プラザ(先端的都市研究拠点)慶應義塾大学パネルデータ設計・解析センター(パネル調査共同研究拠点) 法政大学野上記念法政大学能楽研究所(能楽の国際・学際的研究拠点) 京都芸術大学舞台芸術研究センター(舞台芸術作品の創造・受容のための領域横断的・実践的研究拠点) 早稲田大学坪内博士記念演劇博物館(演劇映像学連携研究拠点) 大阪商業大学JGSS研究センター(日本版総合的社会調査共同研究拠点) 関西大学ソシオネットワーク戦略研究機構(ソシオネットワーク戦略研究拠点) が選定されています。 基本的に外野なのでよくわかりませんが、体制の強化・充実を図るとのことですので、これらの拠点機関に対して何らかの措置が行われることを期待したいところです。

一方、「科研費等による内在的動機に基づく⼈⽂・社会科学研究の推進により多層的・多⾓的な知の蓄積を図る。 」 という点については、つまり、科研費等で自由に研究課題を設定することをこの基本計画で追認してくれている、という風に 捉えれば良いのでしょうかね。ただ、最後まで読むと、内在的動機に期待されつつ、多層的・多⾓的な知の蓄積を図るということに なっていますので、ここは研究者側が自発的に「多層的・多⾓的な知の蓄積」もしなければならない、ということでしょうか。 あまり深読みすべきところではないかもしれませんが、何かご存じの方がおられましたらぜひご教示ください。

第二項目

(2) 未来社会が直⾯するであろう諸問題に関し、⼈⽂・社会科学系研究者が中⼼となって研究課題に取り組む 研究⽀援の仕組みを 2021 年度中に創設し推進する。その際、若⼿研究者の活躍が促進されるような措置 をあわせて検討する。

これは抽象的すぎて何のことかよくわからないのですが、2021年度中に創設し推進する、と書いてあり、しかも 研究支援、と書いてありますので、もう始まっているものではないかと想像して学振のサイトなどを みていると、

学術知共創プログラム・課題設定による先導的人文学・社会科学研究推進事業

というのを発見しました。この説明を見てみると、以下のように書いてあります。

未来社会が直面するであろう諸問題に係る有意義な応答を社会に提示することを目指す研究テーマを掲げ、人文学・社会科学に固有の本質的・根源的な問いを追求する研究を推進することで、その解決に資する研究成果の創出を目指す。

「未来社会が直面するであろう諸問題」というあたりが同じですし、2021年度に始まったとのことですので、おそらくこれが該当するということで よさそうな気がします。この事業の現状については、文部科学省の科学技術・学術審議会学術分科会 人文学・社会科学特別委員会(第6回)会議資料にて盛山和夫先生が作成された資料(PDF)や、この時の議事録を見ると6月時点での状況はわかります。9月下旬に採択結果通知がいくようですね。 どういう事業が採択されるか、要注目ですね。また、この事業は、 同特別委員会が今年の8月に公表した「「総合知」の創出・活用に向けた人文学・社会科学振興の取組方針(PDF)」でも採り上げられていますので、こちらもご覧いただくとよいかと思います。

第三項目

(3) ⼈⽂・社会科学の研究データの共有・利活⽤を促進するデータプラットフォームについて、2022 年度ま でに我が国における⼈⽂・社会科学分野の研究データを⼀元的に検索できるシステム等の基盤を整備する とともに、それらの進捗等を踏まえた 2023 年度以降の⽅向性を定め、その⽅針に基づき⼈⽂・社会科学 のデータプラットフォームの更なる強化に取り組む。また、研究データの管理・利活⽤機能など、図書館 のデジタル転換等を通じた⽀援機能の強化を⾏うために、2022 年度までに、その⽅向性を定める。

これは、日本学術振興会で進められている人文学・社会科学系データインフラストラクチャー構築推進事業 を指していると思われます。こちらの進捗状況も、上記の委員会で同時に報告と議論がなされたようです。この時の委員会の 会議資料はこちらで一覧できますが、この中で 「人文学・社会科学データインフラストラクチャー構築推進事業:背景、取組、成果および課題 (PDF)」という資料が比較的最近の状況を 報告しています。なお、このデータプラットフォームは、「人文学・社会科学総合データカタログ」として すでに稼働しています。まだ人文学のデータは入っていませんが、社会科学の量的調査データに関する横断検索が できるようです。こちらは、今後さらなる強化が行われる見通しのようです。 それから、この事業も、 同特別委員会が今年の8月に公表した「「総合知」の創出・活用に向けた人文学・社会科学振興の取組方針(PDF)」で採り上げられていますので、こちらもご覧いただくとよいかと思います。

一方、「また、」と言って似たような話が続きますが、「研究データの管理・利活⽤機能など、 図書館のデジタル転換等を通じた⽀援機能の強化を⾏うために、2022 年度までに、その⽅向性を定める。」 と書かれているところ、ここだけみるとすべての分野についての話のように見えますが、 人文・社会科学の項目に書かれていることですのでそこに特化された話なのでしょうか。 研究データの扱いを図書館でもっと頑張ってくれるようになる、ように読めるのですが、 図書館方面でこういった「支援機能の強化」の話が議論されているのかもしれませんね。 あるいは、国立情報学研究所(NII)で現在進められているJAIRO CloudやGakunin RDM(研究データ管理基盤)、Weko3(公開基盤)等々のオープンサイエンス基盤研究センターによる 一連の新しい学術情報流通サービスを指しているのでしょうか?研究データ利活用と言えば、 最近リリースされたCiNii Researchで研究データの検索も一括でできるようになっていますね。

ただ、2022年度までに、ということで、もし人文・社会科学限定の話なのだったとしたら、そろそろ こちらの方にも話が聞こえてきてほしいところです。なお、このテーマに関しては、 研究データ利活用協議会というコミュニティがありますが、 この件とどれくらい関係しているのかはよくわかりません…(直接には関係なさそうな気がします)。

第四項目

(4)「総合知」の創出・活⽤を促進するため、公募型の戦略研究の事業においては、2021 年度から、⼈⽂・ 社会科学を含めた「総合知」の活⽤を主眼とした⽬標設定を積極的に検討し、研究を推進する。また、「総 合知」の創出の積極的な推進に向けて、世界最先端の国際的研究拠点において、⾼次の分野融合による「総 合知」の創出も構想の対象に含むこととする。

今回の基本計画では「総合知」という言葉が頻出し、そこで人文・社会科学との連携への期待が語られるのですが、 令和四年度の文部科学省概算要求を眺めていると、 「総合知」という言葉があちこちに見られ、そこにはしばしば「人文・社会科学」という言葉も登場しています。 たとえば、

災害状況の迅速な把握と、人文・社会科学の知見を活用した災害対応の判断支援を統合的 に 取り扱うため、人文・ 社会科学の「知」 と自 然科学の「知」が融合した 「総合知」による研究開発アプローチ を採用。

 

我が国が目指す未来社会( Society 5.0 )の実現に向け、 科学技術リテラシーやリスクリテラシーの取組 、 科学コミュニケーターの能動的な活動を踏 まえた科学館や博物館等における ⼀ 般社会の意見収集や市民による政策過程への参画の取組 、 人文・社会科学と自然科学の融合による「総合知」を活用して行う課題解決に向けた対話・協働活動の取組 など、多様な主体の参画による知の共創と多層的な科学技術コミュニケーションの強化 が必要。

といった具合です。人文・社会科学と言ってもこういった事柄に直接関係するような研究分野・研究テーマはそれほど多くないと 思いますが、むしろ、自分の分野やテーマがどのように関係し得るか、思考実験をしてみると面白いかもしれませんね。

第五項目

(5) 関係省庁の政策課題を踏まえ、⼈⽂・社会科学分野の研究者と⾏政官が政策研究・分析を協働して⾏う取 組を 2021 年度から更に強化する。また、未来社会を⾒据え、⼈⽂・社会科学系の研究者が、社会の様々 なステークホルダーとともに、総合知により取り組むべき課題を共創する取組を⽀援する。こうした取組 を通じて、社会の諸問題解決に挑戦する⼈的ネットワークを強化する。

この件については、令和4年度の文科省概算要求で「科学技術イノベーション政策における「政策のための科学」の推進( SciREX事業)(PDF)」 というのがあって本年度からやっているようですので、前半はこれのことでよさそうな気がします。

後半は、上記の共創知プログラムの話でしょうか?あるいは、令和4年度の文科省概算要求でも こういったフレーズが

「大学の力を結集した、地域の脱炭素化加速のための基盤研究開発 (PDF)」 「共創の場形成支援:共創の場形成支援プログラム・地域共創分野 (PDF)」 「未来共創推進事業 (PDF)」 「戦略的創造研究推進事業(社会技術研究開発) (PDF)」

あたりに登場しますので、こういったものにコンセプトがちりばめられていると考えておけばよいのでしょうか。

第六項目

(6) ⼈⽂・社会科学の知と⾃然科学の知の融合による⼈間や社会の総合的理解と課題解決に貢献する「総合 知」に関して、基本的な考え⽅や、戦略的に推進する⽅策について 2021 年度中に取りまとめる。あわせ て、⼈⽂・社会科学や総合知に関連する指標について 2022 年度までに検討を⾏い、2023 年度以降モニタ リングを実施する。

こちらについても、前項であげた「戦略的創造研究推進事業(社会技術研究開発)」などはかなり あてはまりそうです。

また、令和4年度の文科省概算要求には「データ駆動型人文学研究先導事業 ~「総合知」創出に向けたデジタル・ヒューマニティーズの強化~ (PDF)」というものもあり、これは、 ここまでみてきたいくつかの「データ」や「総合知」の話を反映したものでもありそうですが、 総合知をもたらすための方策の一つとして期待されているようです。これについては 科学技術・学術審議会学術分科会の人文学・社会科学特別委員会(第7回)会議にてヒアリングが 行われ、筆者も少し話題提供しました。こちらもやはり、配布資料一覧議事録が公開されています。そして、 この件についても 同特別委員会が今年の8月に公表した「「総合知」の創出・活用に向けた人文学・社会科学振興の取組方針(PDF)」でも採り上げられています。時系列でみると、この方針を受けて概算要求が行われたという形になっているように思われます。

さて、この項目で気になるのは実は後半です。というより、今回の基本計画で一番気になっているのは ここです。 「⼈⽂・社会科学や総合知に関連する指標」が2022 年度までに検討されて2023 年度以降には モニタリングが始まってしまうようです。「指標」って何に関する指標でしょうか。研究評価指標の ことではないかと想像しているのですが、そうだとしたら色々確認したいこともあるのですが、 これに対応する動向がどの件なのかよくわからないというところで 止まっております。どなたかご存じの方がおられましたらぜひご教示ください。

人文社会科学の研究評価については、神戸大学でこういう話があるようで、

全体としてどこに向かおうとしているのかが非常に気になっているところです。

第七項目

(7) 上述の「総合知」に関する⽅策も踏まえ、社会のニーズに沿ったキャリアパスの開拓を進めつつ、⼤学 院教育改⾰を通じた⼈⽂・社会科学系の⼈材育成の促進策を検討し、2022 年度までに、その⽅向性を定 める。

こちらは大学院教育改革ですね。2022年度までに方向性が決まるとのことですので、 来年度から始めるのか、来年度にやり方を決めて再来年度からということなのかよくわかりませんが、 これは今までにも繰り返し取り組まれてきた普遍的なテーマのように思われます。来年度概算要求にも 「科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業 (PDF)」 というのが入っています。ただ、ここでは「総合知」という言葉が出てこないので、再来年度概算要求で「総合知」も含むさらなる促進策が出てくるのかもしれませんね。

ということで、恐縮ながらいくつかわからない点もありましたが、全体として、人文学と理系分野、そして政策との距離が少し縮まっていくような感じです。また、 人文学への展開にあたっては、文科省 科学技術・学術審議会学術分科会の人文学・社会科学特別委員会も一定の役割を果たしているように思われます。

この状況をうまく活用して若手育成などにつなげられるとよいのではないかと思うのですが、一方で、長い時間をかけて積み上げていくタイプの 王道的な人文学研究をこういった流れのなかにどう位置づけていくのか、というのは重要な課題になっていきそうです。