日本学術会議の提言を読んでみる:学術情報流通の現在と未来 3/n

本日も前回の記事の続きです。

今回は10ページ目の真ん中当たりからですね。

http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-24-t297-6.pdf#page=9

(2)一括契約による学術情報ジャーナル購読問題の解決

これこそ、日本語の学術情報と少し縁遠いところの例の問題です。冒頭、

学術情報の流通は、ジャーナル購読と無償論文の発行という形で行われるのが、商業学術出版産業がこれまで創り上げてきた購読型学術情報流通モデルである。

とありますが、「無償論文の発行」というのが何を指しているのか、ちょっとうまく意味がとれません。が、とりあえず ジャーナル購読はわかります。我が国全体で、各商業ジャーナル出版社にあわせて約300億円(!)支払っているそうです。 いわゆるビッグディール戦略のためにそうなってしまっているとのことです。すでに国内研究機関でも 電子ジャーナルを購読できなくなっているところが増えているようです。一方で、オープンアクセス(OA) も広がってきているようですが、オープンアクセス対応だと論文掲載料が高額で(10-30万円くらい)、これが研究費を圧迫するように なってきてしまっているとのことです。主要な研究大学の論文掲載料総額は数十億円になるとも言われているそうです。 元々、理工系だと論文掲載料はオープンアクセスになる前から支払っていた(ところが結構あった?)はずなので、 それがオープンアクセス対応になってどれくらい増額になったのかというあたりも気になるところです。

欧州では「従来の購読費にAPC経費も組み込んだオフセット契約と国単位の一括契約モデルへの移行」が 進んでいるとのことで、我が国も新しいシステムを構築する必要があるということで、 「これまでほとんど関与して来なかった科学者や学術コミュニティも、それぞれの立場から」関わるべき としていますが、欧州の場合、学者や学術コミュニティがどのような関わり方をしているのか、という のも気になるところです。とはいえ、自分たちが出している雑誌がメジャーな商業電子ジャーナル会社を 使っているのかそうでないか、というのは、それだけでも関与するインセンティブには大きく 影響しそうです。私もそれほどメジャーではありませんがオックスフォード大学出版局から 雑誌を出している学術コミュニティの運営に携わっていますが、会計を握られることにはなりますが、 会員管理をやってもらえて世界中の大学図書館から購読料を徴収してくれる、といったあたりは 学会を運営する上ではなかなか効率がよいことでもあり、これを切り離してオープンアクセスにして 独力でやるべきかどうか、というのは時々議論になります。要は、学会運営の話がそのまま 商業電子ジャーナル会社のジャーナルをどうするかという話になりますので、この件が学会運営上の 主要なテーマの一つにならざるを得ません。一方、特に日本の人文系の場合、そういう世界とは まったく離れたところで独自に雑誌刊行をしてきていて、現在も多くはそういう感じでしょうから、 大がかりな新しいシステムの構築に関わるということになるとモチベーションを高めるのは なかなか大変、ということになりそうです。それでも、志の高い人が数人でも集まっているような 学協会ならなんとかなるかもしれませんが。

さて、次の段落に行きましょう。 電子ジャーナル会社としても、ずっと今のモデルでいけると思っているわけではなくて、

電子ジャーナル購読契約は、国単位の一括契約とオフセット契約によるAPC定額制へと大きく変わり始めた。ドイツのマックスプランク財団(MPI)がこの突破口を開いた裏には…

とのことで、10年以上の時間をかけた交渉の成果とは言え、収益構造の変化の見通しが電子ジャーナル会社の態度を変えさせたという面もあるだろうと分析しています。 背景として、カリフォルニア大学やMTIとの交渉が決裂したり、といったことも挙げられています。 そして、欧州主要国ではジャーナルの購読のNational Site License(国単位の一括契約)が広がりつつあるそうで、国単位での一括契約により 教育研究機関の研究者すべてが自由に閲覧できるようになるとのことです。これは大変にうらやましいことですね。我が国もそういう 風になってくれるとありがたいところです。この提言でも「現時点で最も合理的で実現すべき解決策である」としています。 とはいえ、ここでも、この費用の中に、日本語の学術情報を支える要素はあまり含まれていないようにも思われます。 ドイツやフランスなど、非英語圏の比較的学術が進んでいる国がこのあたりをどういう案配にしているのか、この話を進める 時にはきちんと押さえておいていただきたいところです。(私も知りたいところです)。 欧州の一括契約をしている国では「概算では我が国に比べて1報当たり1/4程度のAPC(論文掲載料)経費」で論文を出せているそうですので、 そこまでいけると大変ありがたいことです。

もちろん、上述のように、300億円支払っていたものを一括契約にするというのですから、交渉で半額にできたとしても 150億円、これは各大学研究機関がそれぞれ支払っていたわけですから、それを各機関から集めるか、あるいは、なにがしかの これまでの予算を集めて流用するといったことをする必要があるでしょう。ここでは、契約・予算管理法人を新たに設立する必要があり、 そこにJUSTICEの参画をはじめこれまでの蓄積なども反映させるべきだとします。

次に、

このAPC定額制を含む一括契約を我が国で実現するためには、幾つかの克服すべき課題が存在する。

ということで、個別の課題の検討に入っていきます。 まずは、各機関の足並みをどうやってそろえるか、という話です。商業電子ジャーナル会社に関する ニーズは機関によって結構異なりますし、いきなりみんなで始めるということになると足並みをそろえる のも大変です。そこで、とりあえずはRU11や研究開発法人から始めるということが提起されます。 たしかに、このあたりであれば、電子ジャーナル会社に関するニーズは割と近いところが多いようにも思われます。 そこから順次広げていくとのことで、これは比較的妥当というか、他に方法があるとしたら国立国会図書館に すべておまかせ、くらいのことしか思いつきません。(それもかなり無茶な話かと思います)。 また、第二の問題として、交渉に継続的にあたることのできる専門家を配置することの必要性を 挙げます。たしかに、通常の公務員的な立場だと3年おきに人事異動で人が代わってしまって、 そのたびに一から勉強、一から人脈を作り直し、ということになると、なかなか厳しいものがありそうです。 これもなんとかなるとありがたいところです。 そして3つ目として挙げるのは財源です。ここでは、すでに研究者が直接の研究経費からAPCを 払っているのだから、その費用をうまくまわすことが望ましいということが述べられます。 できれば間接経費から徴収して…という雰囲気ですが、間接経費を3割から4割にして、代りに 2割分をこの法人に、という感じにするあたりが妥当でしょうか。間接経費は機関で一括して 処理できますので、一つの現実的なアイデアだろうかと思います。 ただ、上の方では、購読費用が300億に対してAPCは数十億、という話でしたので、これだけだと さすがに少し桁が違う感じです。そこで「一括契約が拡がった時点で、図書購読費相当額を一括してこの法人組織に交付することが望ましい」 ということになります。実際のところ、すでに300億円と言われる額をそれぞれの大学図書館が支払っている わけですから、それを一箇所にまとめることができれば、説得力のある交渉はできそうな感じがします。 ただ、これが実現すれば、大学図書館に回る費用の見た目はかなり減ることになりそうです。 それがどういう状況をもたらすかというのはちょっと見えませんが、学術情報の取得提供が 外部法人と電子ジャーナル会社の間で行なわれることになるのであれば、大学図書館の方は、 ラーニングコモンズ・リサーチコモンズ的な位置づけをより強めていくことになるのかもしれません。 この節の締めくくりは、経済合理性の高い契約を結ぶことによる充実した学術情報環境の効率的な 実現、ということになっています。この視点からの「経済合理性」は、目の前の研究課題に没頭する研究者には なかなか実感しにくいものかもしれません。あまり時間を費やすことなく、しかし「なんかちょっと 自分の研究がやりやすくなった」と思わせるような仕組みでないと、広く受容されるのは難しい のではないかと思います。その意味では、この件に限っていえば、費用負担を増やすことなく オープンアクセス出版ができるようになる、そして、オープンアクセス出版をしたことが 評価の対象になる、というあたりが妥当なのではないかという気が しますので、上記のように間接経費を増やすのではなく、むしろすでに持って行かれている3割の 間接経費の中から新法人の費用徴収が行なわれる、といったあたりが可能であるとありがたい ことだと思います。また、関係者の方々は当然考えておられると思いますが、科研費の 成果公開助成に関わる部分は新法人にかなりつぎ込むことになるのではないかとも 思います。ただ、そこではやはり、日本誤の学術情報流通への投資が急に激減するという ようなことがないような配慮もしていただきたいところです。

 なお、ここの節では「データ出版」という言葉も見え隠れします。ただ、まだあまり明確な象を 描いていないので、それはこの後にきちんと登場するのだろうと思います。

ということで、亀の歩みですが、今夜はこのあたりにしておきたいと思います。