40代後半人文系で未だにWeb開発をしている理由

もう50歳がすぐそこにきていますが、未だにWebシステムの開発をしています。開発は若手や企業に任せて、自分は開発資金をとったり発注をしたりする側に まわるべきだ、ということもよく言われます。確かにそのとおりです。

ただ、現状のWeb技術のなかで「自分(達)」は何を求めているのか、それを明確にできないと依頼も発注もうまくできないのですが、 それを明確にするには、現在のWeb技術で何をどこまでできるのか、どこまでやるのにコストはどれくらいかかるのか、ということを 把握しておかないとうまくいきません。そもそも我々(この場合人文学者)は、どういうことをしたいのか、どういうものがほしいのか、 ということを、開発する人に正確に伝えるための言葉を、おそらくまだ持っていません。私自身も、そうです。そうすると、 作ってほしいものを無駄なコストをあまりかけずに作ってもらうということは非常に難しい、というか、成功率の低い話に なってしまいます。

このような状況だと、とにかく技術的なことがわかる比較的若い人を連れてきて、人文学の素養を身につけてもらうということが まず思い浮かびますが、人文系の金銭感覚だと、技術的なことがわかる良い人に巡り会える機会は極めて稀です。 極めて稀な、おそらくは十数人くらいの方々がこの業界で活躍してくださっていますが、はっきりいって全然人数が足りません。 一方、人文系でも時々技術的なことがわかる人やわかるようになろうとする人が出てきてくださいまして、 その場合、「我々がほしいもの」は割とわかっていますし、それをわかろうとする動機付けは非常に 強いので、そういう方々はとてもありがたいことですが、こちらも同様に極めて稀です。

成果がある程度見えるようなことであれば若い人達にお願いしてしまってもよいのですが、 「これから使えるようになるかもしれない技術を試してもらう」のは、本人は面白がって やってくれる可能性は高いのですが、実はうまく使えなかった場合、キャリア形成にとってあまりよくありません。 技術系の方々であればリカバリはある程度効きそうですが、人文系だと、コンピュータ関係のことで大きな回り道をして しまうのは本当に単なる無駄になってしまう可能性が高く、それが遠因となって(本業に割く時間が減ってしまう のに達成感が得られないということになるので)研究自体を諦めてしまうこともあるので、 個人的な経験からも、それは極力避けた方がよいことだと思っています。私の場合、 周囲の人や指導者に恵まれたため、正規の計算機科学のカリキュラムは受けなかったにもかかわらず、 初期の学習段階から、Web技術、Unix技術、SQL、標準規格、といった今でも通用する事柄を 学ぶことに時間を割くことができ、情報技術習得に関して回り道をしたという感覚を持つことは ほとんどなかったので、その点はありがたいことでした。(しかし、研究を 諦めるということが人生にとって不幸であるとは限らず、当人にとってはむしろ幸福に つながる場合も少なくないので、これはあくまでも、研究を広めたいという立場からの 話です。)

また、たとえば、直近の大きなものでは IIIF がありましたが、自分がIIIFを試し始めた頃は、まだ欧米でも 人文学者はほとんど参画していなかったので、何にどこまでどう使えるのか、ということを 仕様を見ながらオープンソースソフトを試しつつ確認して、実際にシステムを構築してみる、 ということをする必要がありました。IIIFに関しては、いけそうだという確信はありましたが、 1度目に試した時はあまりうまく使えず、1年ほど後に、その時の課題が解決されたようである のを見て2度目に試してみて、ようやく、 他の人にもすすめられると確信できたということがありました。 そういうことを若い人に頼んでみて、「やっぱり使えないみたいだ」ということになって しまうと被害甚大なので、まずは自分で試してみたのでした。IIIFに関しては、まあまあ良い感じになった のを確認できた後にブログや論文書籍等で 一通りみなさんと情報共有を行ったというのは、このブログの読者の方々もご存じかと思います。

もちろん、かなりお金があるのなら、まずはコンサル会社に頼んでみるという手もあるのかもしれないのですが、 コンサル会社も、良い担当者にあたればいいのかもしれませんが、こちらのニーズを把握して 対応する技術も調査して…というところまで、満足にやっていただくには相当なお金がかかりそうです。

というわけで、とりあえず我々のニーズと現在のコモディティ化したWeb技術のせめぎ合う ギリギリのところを探るには、自分でやってみるのが早道であり、その成果をみなさんと共有するのがよいの だろうかと思って、結局、未だに自分で開発をしてしまっているところです。

では、こういうことをしているのは世界に自分だけなのか、というと全然そんなことはなくて、 特に、Text Encoding Initiative Consortium(TEI協会)では、30年前からまさにそれにコミュニティとして 取り組んできていて、最近は日本語も含め各言語文化圏の事情にあわせた対応をしていこう という流れが強まっているので、そこでの蓄積をうまくこちらにも持ってこれれば だいぶん楽ができると思います。人文学としてもエンジニアリングとしても、彼我の文化の 違いは大きく、そのまま持ってきても通用しないことが多いかもしれませんが、 その点も含めた「翻訳」を行っていくことで、なんとかなればと思っているところです。

という風にして、自分を納得させながら(というのは、書いてみてうまくいかないのでデバッグをする… ということを延々と繰り返すのはこの年になると精神的に結構来るものがありまして…)、ここのところ、日々、vue.jsというWebの 「ユーザーインターフェイスを構築するためのプログレッシブフレームワーク」に 取り組んでいるところなのです。それまで使っていたjQueryという仕組みからの 移行を検討していたタイミングだったのですが、出張がほとんどなくなったために、一つの作業に 長時間集中して、バグ修正や動作確認も少し細々できるようになったので、 これを機会にとじっくり時間をかけて取り組んでいます。vue.jsは、もう「新しい」と言える ものではないのですが、元々私は、ある程度「枯れた」技術にならないと手を出さない ことにしているので(Webに手を出した95年は、すでにWebが始まってから4~5年経って おり、TEIは開始後15年くらい、IIIFに手を出した時も開始後4年経っていて、いずれも、一般にはそれほど広まって なくても、コアな層にはすでに広まっていました)、Webエンジニアの世界では 非常に広まってきていてそろそろ良いタイミングではないかと 思ったところだったのでした。

いくつか書かねばならない原稿もあるので、こればかりやっているわけにもいかないのですが、 ブログの方は、もうしばらく、vue.jsや現在勉強していることに関する意味不明な メモが連なっていくかもしれませんが、いずれ、今作っているものを公開できたら、 ある程度わかりやすい解説記事のような形にしていこうと思っておりますので、しばし ご容赦いただけますと幸いです。