デジタルデータの長期保存:iPRES2022 基調講演の日本語訳が公開されました

デジタルデータはなくなってしまいやすい…という話を時々耳にします。実のところ、紙媒体と同じくらいの手間をかけてよいのであればデジタルデータの持続可能性は十分に高いと思うのですが、そうだとしても、よりよくきちんと長期保存するためには何らかのルールを作っておいた方が安全です。というのは、なくならないけど読めなくなった、とか、読めるけど誰がいつ作ったものかはよくわからない、膨大過ぎてもう何がなんだかわからない…等々、保存しておくだけでは済まない落とし穴が色々あるからです。これも紙媒体と共通する事項が多いので、紙媒体でどうしてきたかということを確認しながら考えるのはとても重要なのですが、やはりデジタルに固有の課題もありますので、紙媒体での事情を踏まえつつデジタル媒体の特性もきちんと押さえた保存のための手続きのようなものがあるとありがたいところです。

そのような課題については、すでにOAIS参照モデルという手続きのためのモデルが制定されていて、ISO 14721:2012として国際標準になったのがもう10年以上前のことです。デジタルデータをアーカイビングしている有力機関ではこれに準拠した保存手続きでデータ保存に取り組むところが増えてきているようです。

しかしながら、参照モデルができればそれでよいのかというとそういうわけではなく、それを具体的な個々のデータや組織に合わせた作業手順に落とし込む必要がありますし、参照モデルがずっと適切なものであり続けるのかどうかはわかりません。そういったことを議論する場があった方が色々有用かと思われます。そこで、それについて議論するための国際的な会議として、iPresという国際会議が毎年開催されています。2022年の第18回大会、iPRES2022は、グラスゴーにあるDigital Preservation Coallitionが主催してハイブリッド形式で開催されました。国立国会図書館のカレントアウェアネス・ポータルにも記事が掲載されていますのでよかったらご覧ください。

ということでだんだん本題に近づいてきましたが、iPRES2022では、3つの基調講演が行われました。これらも含め、大会の模様はYouTube動画として昨年中に公開されていました。今回のこのブログ記事の本題は、ここで動画として公開されている3つの基調講演の日本語訳のテキストがDigital Preservation CoallitionのWebサイト上で公開されたという話です。その概要については翻訳の公開に関する記事をご覧ください。

Web頁のキャプチャ画像

記事にもあるように、この翻訳公開は、「多言語資料の作成は、世界中のデジタル保存コミュニティをサポートする重要な方法であり、私たちの国際化戦略の重要な部分である。」という考え方の下で呼びかけられたものであり、今回は筆者が声をかけていただいたため、若手研究者の方々とともに翻訳をして、先方のWebサイトにて公開をしていただいた次第です。 これらの基調講演では、長期保存の手続き論にとどまらず、そもそも長期保存とはどういうことなのか、どのようになされるべきなのか、という根本的な課題についてそれぞれの立場からの問題提起がなされており、技術的な話というよりはむしろ、方針を定めるにあたって参照・検討すべき話題であり、技術者というよりはむしろ管理者側、あるいは意思決定をする側の方々に読んでいただきたいような話になっております。

以下、タイトルと翻訳者等についてご紹介しておきます。

Video: Amina Shah 'Video Killed the Radio Star: preserving a nation’s memory'

日本語訳テキスト:ラジオスターの悲劇:国家の記憶を保存する https://osf.io/jndum

日本語訳:長野壮一(フランス社会科学高等研究院・博士課程)/校閲:村田祐菜(国立国会図書館)/監修:永崎研宣(一般財団法人人文情報学研究所), 大向一輝(東京大学大学院人文社会系研究科)/協力:渡辺悦子(文部科学省国際統括官付ユネスコ調査官)

Video: Tamar Evangelestia-Dougherty 'Digital Ties That Bind: Effectively Engaging With Communities For Equitable Digital Preservation Ecosystems'

日本語訳テキスト:デジタルな固い絆:公平なデジタル保存のエコシステムのためのコミュニティとの効果的な関わり方 https://osf.io/p4qa7

日本語訳:大月希望(東京大学大学院学際情報学府博士課程)/校閲:村田祐菜(国立国会図書館)/監修:永崎研宣(一般財団法人人文情報学研究所), 大向一輝(東京大学大学院人文社会系研究科)/協力:渡辺悦子(文部科学省国際統括官付ユネスコ調査官)

Video: Steven Gonzalez Monserrate 'After the Cloud: Rethinking Data Ecologies through Anthropology & Speculative Fiction'

日本語訳テキスト:クラウドの未来データエコロジー再考: 人類学と思弁小説を通して https://osf.io/zb654

日本語訳:関慎太朗(東京大学大学院人文社会系研究科博士課程)/校閲:村田祐菜(国立国会図書館)/監修:永崎研宣(一般財団法人人文情報学研究所), 大向一輝(東京大学大学院人文社会系研究科)/協力:渡辺悦子(文部科学省国際統括官付ユネスコ調査官)

デジタルアーカイブにおける長期保存を考える上で、それぞれに大変興味深い話かと思います。翻訳に関わった我々にはもちろんとてもよい刺激になりましたが、みなさまにおかれましても、ぜひご一読いただければと思っております。