デジタルアーカイブやデジタル文化資源をテーマに含むオンライン授業のための資料をご提供

背景事情のご説明

(この点に興味がない人は、下の方の「今回ご提供するもの」まで飛んでいただいてもかまいません)

オンライン授業をしなければということで、大学では教員も学生もみなさま大変な状況になっておられると思います。

なかでも問題の一つは、図書館を使えないことで、ネットで読めない資料を閲覧する手段がほとんどありません。

ちょうど、Maruzen eBook Libraryより、

「人社系主要6出版社の協力によりMaruzen eBook Libraryで購入されたタイトルについて同時アクセス数を大幅拡大いたします!」 https://kw.maruzen.co.jp/ln/ebl/ebl_doc/mel_notice_jinsha6access_expantion.pdf

というニュースが入ってきたところで、該当する本については同時アクセス数が50になるのだそうで、 ここで提供されている本については多少状況がマシになるだろうということで、大変ありがたいことです。 (私自身は非常勤講師ですので、図書館に入れないと見ることはできないようなのですが。) 他にも、色々な対応が各社で行われつつあるようです。

とはいえ、未対応の本・未対応の利用者がどうなるのか、というのは非常に気になるところです。 特に人文学で重要な学術書の中には、デジタル化されていないものもまだ相当数あるようで、 図書館が使えないのにそういう本を前提とした授業を展開するとなるとなかなか難しいものが あります。また、デジタルで入手できるものであっても、いちいち購入しなければ 読むことが難しいという状況はなかなか厳しいものがあります。

一方、授業で使うような本の著作権を持っているのは大学教員である場合も少なくなく、 こういう状況であれば、大学教員が著作権者として出版社と交渉して、 オンライン授業で使いやすい形で提供することもできるのではないかとも 思っているところです。

折しも、新著作権法第35条の早期施行、本年度は補償金もなし、という 話になっているところであり、オンデマンド配信も含むオンライン授業 において著作物の一定範囲の自由利用が可能になるようです。

https://sartras.or.jp/archives/20200406/

これについての詳しい解説は以下のサイトなどをご覧いただくと よいかと思います。

hon.jp

とはいえ、「著作権者等の利益を不当に害することのないよう」ということは 強く言われているようで、教科書丸ごとネットで共有して学生は購入しないで 済ませてしまう、というようなことはNGのようです。

おそらくは音楽や映像作品などを授業内で利用する場合にこの制度は 非常に活きてくるのではないかと思うのですが、本を部分的に利用するような場合にも、 この仕組みは便利なのではないか、ということが想定されます。

さて、本を部分的に利用するなら、電子書籍からのページ抽出はやりやすいものとやりにくい ものがあり、場合によっては画像としてキャプチャしてみたりすることもあるでしょうか。あるいは紙の本であれば 必要部分だけをスキャンしてPDFにして学生達に送信したり、ということになるでしょうか。 それもなかなか大変です。もし誰かがやってくれるならその方がありがたいし、 必要部分だけ入手できるならその方がありがたいと自分でも思うところです。

今回ご提供するもの

そこで、このたび、出版社である樹村房さんとご相談して、以下のようなものをご用意しました。 「教育機関での授業における利用に限り、下記の本の章のPDFファイルを半分までご提供する」というサービスです。 (これは暫定的なもので、ずっと続けるというものではありませんのでご注意ください。)

対象となるのは、『日本の文化をデジタル世界に伝える』という本です。 啓蒙書的な趣の強い本ですので、 デジタルアーカイブや文化資料のデジタル化をテーマとして授業内で扱う場合には副読資料等として使いやすい のではないかと思います。特に、IIIFについて説明をしなければならないような今時の図書館情報関係の授業等では、 とりあえず第五章を渡しておけばかなり楽ができるのではないかと思います。また、第七章の「評価の問題」は 色々な観点から議論できる内容かと思いますので、学生同士の議論の材料としてご利用いただくと面白いかもしれません。 そのようなことで、もしご利用してみようかと思われる場合には、ぜひ下記のGoogle Formから お申し込みください。ちなみに、本書の章立ては以下のようになっております。

  • 第1章 「デジタル世界に伝える」とは

文化資料デジタル化全般の概要(序文も含む)

  • 第2章 デジタル世界への入り口

文化資料をデジタル化するということについて

  • 第3章 利便性を高めるには?

デジタル化資料・デジタルアーカイブの利便性の向上とはどういうことか

  • 第4章 デジタル世界に移行した後,なるべく長持ちさせるには

持続可能性と長期保存の手法についての検討

  • 第5章 可用性を高めるための国際的な決まり事:IIIFとTEI

国際的なデファクト標準とそれへの関わり方。特に、IIIFの解説が詳しい。

  • 第6章 実際の公開にあたって

公開のための具体的な留意事項

  • 第7章 評価の問題

デジタルアーカイブに対する評価について

  • 第8章 研究者の取り組みへの評価の問題

研究者として取り組んだ場合の留意事項

  • おわりに/さらに深めたい人・アップデートしたい人に

全体のまとめとさらなる情報源

申し込み用Google Form

docs.google.com

本書の内容

本書の内容につきましては、読んでくださった大学院生の方々が紹介記事を書いてくださったことがありますので、そのうち2つを以下に掲載させていただきます。


===本書のご紹介1

小川 潤(東京大学大学院人文社会系研究科博士課程(当時))

本書は、技術者・研究者を問わず文化に携わり、いずれかの分野に精通する人間が、文化をデジタル世界に伝える、より具体的に言えば、史資料を中心とする文化資源をデジタル媒体として保存していくという活動に、いかに関わることができ、そのためには何を知っている必要があるかを示してくれるガイドラインである。ガイドラインと言っても、その記述は十分に精緻なものであり、長年に亘って種々のプロジェクトに関わってきた著者の知見に基づいて、デジタルの概念、デジタル資源構築の基本的な考え方から技術的な側面までが論じられている。 本書の全体的な構成としては、大きく3つの部分からなっていると考えることができる。すなわち、設計・管理を含むデジタル資源のインフラ面について、コンテンツとなるデータの設計と作成・編集について、そして、デジタル資源およびそれに関わる人材の評価についてである。

前半にあたる1~4章はデジタル資源のインフラ面を主に扱い、利便性とコストのバランス、使用する技術の採用基準や維持管理のための体制整備などについて、様々な事例や著者自身の経験も交えながら説明している。1~2章は導入ともなっており、デジタルの定義から、デジタル化する情報の粒度の問題、コスト、さらにはプロジェクトの時間的枠組みについてなど、デジタル資源構築の全体的な流れと戦略についての記述となっている。3章はデジタル資源の利便性を問題とし、ユーザーによる検索・閲覧、さらにはデータ利用といった面からのニーズと利便性の在り方について論じている。そして4章は持続性の問題について、運営体制・コミュニティの整備やシステム移行への対応、さらに利用条件の設定といった諸点から述べるとともに、デジタル資源構築のプロセス自体を保存することの重要性にも言及している。 この1~4章の記述は、実際に国内外の様々なプロジェクトやコミュニティに関わってきた著者の経験を踏まえたものであり、殊に、これからデジタル・プロジェクトに参加しようとする若手研究者等にとって有益な内容となっている。デジタル資源構築にあたって考慮しなければならない種々の問題、とくにコストの問題や運営体制の整備については、実際にプロジェクトを運営する経験がなければ現実的な問題として意識しにくい点であり、大いに参考になる。

 5~6章は主にコンテンツデータの作成と編集、より具体的に言えば、史資料をデジタル化し、これにタグやアノテーションを付して情報を付与するプロセスを扱っている。5章では、デジタル画像公開・共有のための国際規格であるIIIFと、デジタル史資料を構造的に記述するための規格であるTEIについて、豊富な事例を交えつつ解説している。5章が国際的な規格に基づくデジタル史資料編集の在り方の概要を述べるのに対し、6章では、実際の公開を念頭に、デジタル化の対象、撮影等の作業、メタデータ記述モデルの構築と付与、検索機能等を実装したうえでの公開の在り方を論じている。  この部分の記述は、前半部のインフラとは少し異なり、文化を知り、伝えるための史資料の扱いをどうするかという、非常に本質的な問題に関わるものである。冒頭で指摘したように本書が、文化に携わり、精通する人間を対象とするガイドラインとしての性格を有するとすれば、実際に彼らの知見をデジタル世界に伝え、公開するための考え方、手段について述べる5~6章は本書の核とも言える部分であり、デジタルとの関わり如何を問わず、文化を研究対象とする者にとって一読の価値があると思う。

 最後の7~8章は、評価に関する記述である。7章では、デジタル資源に対する資金確保の面などからも、一定の評価指標が要求される場合があることを前提としたうえで、どのような指標があり得るのか、また、デジタル資源を評価することがなぜ難しいのか、といった点を論じている。デジタル資源評価が困難であるという点に関して言えば、本書でも言及される技術的進歩に起因するものや、評価する側の知識の有無に起因するものがあろうが、そもそもデジタル資源の価値は研究の分野や方法論によってまちまちであり、何らかの統一的な指標を定めることは不可能に近いのではないかと思えてならない。それでも、何らかの指標が必要であるならば、著者も言うようにアクセス数などで安易に設定することなく、相当に慎重な検討が求められるだろう。  8章は、研究者個人の評価について述べられており、キャリア継続のためにもデジタル分野における実績を評価できることが求められるという。これに対して、日本、そして海外におけるデジタル・ヒューマニティーズ関連の各種学会、学術雑誌における成果発表と評価の機会は増してきていると述べられており、この点には同意できる。しかし、著者も述べているように、デジタル・ヒューマニティーズの外部、すなわち個々の研究者の専門分野におけるデジタル関連の活動に対する評価に関して言えば、、大学において学際研究が重視されるようになってきているとはいえ、分野によっては今しばらく時間がかかるように思われる。

 ここまで、本書の内容を大きく3つの部分に分けて、所感を述べた。本書は、すでにデジタル・プロジェクトに従事している者、これから関わろうとしている者、そして自身が関わることはないが何らかの形でデジタル資源を利用する者のいずれにとっても示唆に富むものである。また、その内容の幅広さを鑑みるに、通読することでデジタル資源構築についての包括的な知識を得られることはもちろん、それぞれの立場や状況に応じて特定の箇所を選択的に読むという利用方法もあるのではないかと感じた。例えば、デジタル資源の設計・管理に中心的な立場で関わるのならば通読すべきである一方、研究者としての立場で主にコンテンツの整備や作成に関わるのであれば5~6章を、あるいは専ら利用者として、デジタル資源およびそれを用いた自身の研究評価に関心があるならば、7~8章を重点的に読むといった具合である。「文化」に携わる個々人のデジタルとの関わりは千差万別であるが、本書はそうした様々なニーズに対応できる構成になっているように思う。

 最後に、本書の射程の広がりについて述べて結びとしたい。この評論の中で私は、専ら「文化」という語を用い、「日本文化」あるいは「日本の文化」といった語は用いていない。その理由は私が、本書の内容は必ずしも日本文化に限られるものではなく、より広い射程を持つと感じているからである。本書のタイトル、そして「はじめに」における著者の言からも本書が、「日本の文化」を未来に継承するためのデジタル環境整備を主題としていることは間違いない。しかし、その中で言及されるデジタル資源構築のための考え方、技術、事例はいずれも汎用性が高く、他分野においても適用可能なものである。それゆえ、日本に限られない様々な分野の研究に従事する人々にとって一読の価値がある内容となっており、タイトルにある「日本の文化」という一語に囚われることなく、広く手に取られて然るべき書籍であると言えるだろう。


===本書のご紹介2

村田祐菜(東京大学大学院人文社会系研究科修士課程(当時))

本書は「はじめに」で〈文化の専門家が、文化に関する資料をデジタルインフラに載せようとする時に、知っておくべきこと、知っておいた方がよいこと、についての基本的な考え方をまとめた上で、具体的な禁煙の情報技術に即してそれを深めて考えてみることをめざしたい〉(Pⅱ,L6)と述べられているように、デジタル技術に関して深い知識を持たない文化専門家を主な対象にしている。「何をどのくらい」知るべきなのかについては、もちろん個々の研究者/研究分野の中でのデジタル情報との接触の度合いによってそのスタンスは異なるであろうが、本書はその個々の立場を超えたところで現在一般的になりつつある、デジタル情報の公開・流通に関する国際的な規格や枠組みついて紹介している。具体的にはUnicodeやIIF、TEI、Creative Commons Licenseなどデジタル情報を公開する際に、今日一般に欠かすことのできない決まりごとについて詳述されており、これらの規格に関する知識を一読して得ることが出来る点で有用であり、巻末の「さらに深めたい人・アップデートしたい人に」(p225)に記載されている情報源と合わせると、所謂「人文情報学」における議論を一通り把握することができる。また、近年、資料のデジタル化とその公開が図書館や博物館を中心とした様々な機関において進められている中、それに伴ってデジタル資料が国文学研究においても基礎資料となりつつある(注:『新日本古典籍総合目録データベース』(国文学研究資料館)や『国立国会図書館デジタルコレクション』(国立国会図書館)などが挙げられる。)。またそれらが紙媒体における出版流通に代わるデジタル情報の流通における〈エコシステム〉となる可能性が高い以上、〈伝える〉立場の研究者だけではなく、デジタル資料を利用する立場の研究者にとってもそれらの知識は今後必須となることであろう。

本書の特徴として挙げたいのが、コストと成果への視点である(注:コストについての議論は特に第二章第二節~三節に詳しい。)。本書が持つ情報技術の一般的な理論書にとどまらないこの現実的な視点は、京都大学人文科学研究所共同研究班「人文研究資料にとってのWebの可能性を再探する(2013-2015年)」における議論を踏まえていることも大きいと考えられるが、それは例えば実際のプロジェクトにおいて制約となる時間と費用への目配りを忘れずに、〈適正なコストで現実的なことをするにはどうすればよいのか〉(P69,L7)について常に記述していくことにもあらわれていると感じた。もちろん、デジタル情報やそれを公開するためのプラットフォームが供えるべき要素は多々あり、情報公開における物理的な制約が低い以上、より詳細で精密な情報を付与すれば情報としての価値は上がる一方で、プロジェクト単位にせよ個人研究にせよその情報の付与にかかるコストを払う必要があるという視点を持っていなければならない。それを考える上でコストと希望の間で、具体的な成果物として何を目指すのか、を問うバランス感覚において本書は多くの示唆を与えてくれる。

さらに、本書全体をより広い視点から見渡してみると、国際性と固有性という二つの志向があることが看取できる。つまり、資料の利活用と保存・継承のために不可欠な、データの表現方法の国際化の流れと、個々の資料が持つ情報の固有性の間で生じる葛藤が本書を貫く問題の一つであると言える。国際規格への準拠により資料の利活用や保存、継承の可能性を担保していくことができるのは言うまでもないが、一方で本書が対象としているのは主に日本の資料であり、それに国際規格を当てはめようとすると、どうしても〈伝え〉きれない部分が常に出てきてしまう。これは、現物としての資料をデジタルにどのように落とし込むのかという際にデジタルの表現方法が限界として持つ問題と、それらの規格が西欧のコミュニティを中心として議論されてきたが故に、日本資料に固有の情報を表現するための方法が手薄であるという二重性において捉えられるだろう。具体的には前者が画像の解像度やXMLの文法に沿ったテキストのマークアップなどの問題、後者は異体字やルビ、訓点などが挙げられ、本書もこれらの問題に関するこれまでの議論に多くの紙幅を割いている。また、これは先述のコストの問題とも関わるが、個々の情報をより丁寧に表現することが出来るようになったとしても、その全ての情報を表現することは現実的に難しい以上、技術や規格の問題とは別にプロジェクトにおける〈伝える〉情報の取捨選択は避けられない。国際規格への準拠が進む中で浮き上がってくるのは、むしろ〈伝え〉きれない情報の方であるとも言える。

しかし、むしろこの点に日本資料固有の面白さや研究者個人の視点が生きてくるのではないか。〈何を、どのようにして、デジタルインフラに載せていけばよいのか、という点について、言い換えるなら、デジタル世界に何をどう伝えるのか、という課題に応えるのは、技術者だけでなく、文化に関わるもの、特に資料についての十分な知識を持った人でもある〉と著者が述べるように、人文学研究者とデジタル世界との接点はまさにここにある。それは、デジタル化に際して不可欠な議論である「何を伝え、何を落とすべきなのか」ということであり、そこに一次資料への専門的な知識を持った研究者の目が必要とされると共に、「この資料の魅力は何か」という根本的な問題を問うことと同義であろう。日本の資料をデジタル化することはそのような視線において資料を眺めることによって、日本語や日本の文化の魅力を捉え直し、デジタルという形式で表現するということでもある。

現在、一般的に人文学の領域では情報技術に関する知識の習得の問題などからデジタル化された資料を利用、享受する立場にとどまる場合が多く、筆者もまだその一人である。しかし、本書が述べているのは、〈伝える〉現場から疎外されることなく自分たちがデジタルなものと能動的に関わっていくために、人文学者が役割を果たしうる領域が確かにあるということであり、関わっていくべきなのだということである。その議論の為の基盤として本書は大いに活用されることであろう。


それから、デジタルアーカイブ学会誌に書評を掲載していただきましたので、そちらもご参考になろうかと思います。

なお、昨日からデジタル版も販売開始されたそうですので、全体を読みたい場合はご購入をお願いいたします。(といっても私には 印税は入らないのですが、こういう本を出してくださった出版社を支援するという気持ちでご購入いただけますと幸いです。)

ということで、みなさまの(そして私の)オンライン授業が少しでもよりよいものになるように、お互いにご協力していけたらと思っております。 今後ともよろしくお願いいたします。