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国会図書館近代デジタルライブラリー 一部書籍一部公開停止の件で

Togetterの解説にずっと書いておりましたが、あまりに長くなりすぎて読みにくいような気がしてきましたのでこちらに転載しつつ今後しばらくはこちらメインで更新していきます。

最初に、筆者の立場を明らかにしておきますと、基本的に、学術出版に携わる方々には何らかの形できちんと対価が支払われなければならないと思っております。そして、今回の件は過渡的な動きの一部であり、何らかの実効性のある解決策が近いうちに世間に広まるようになることを願っています。そのためにできることがあればお手伝いしたいとも思っております。

ということで、とりあえず現在どういう状況かと申しますと、

まず、国立国会図書館による公式な状況説明が出ております。
http://www.ndl.go.jp/jp/news/fy2013/1201734_1828.html

さらに詳しくご説明しますと、国会図書館近代デジタルライブラリーにて公開されていた二つのシリーズ本『大正新脩大藏經』『南伝大蔵経について、これらを出版しており日本出版者協議会の会員である大蔵出版の青山社長が国会図書館に公開停止を申し入れ、検討結果が出るまでは一時的に公開を停止するということになったようです。(国会図書館が先方の主張を受け入れたということではないようですのでご留意下さい。

それぞれの状況をまとめますと、

『大正新脩大藏經』大藏出版の当該ページ

  • 約1000頁×88巻、ほぼ漢文、一部梵字や仮名交じり文等で約1億字
  • いわゆる「校訂テキスト」である。(著作性が認められるかどうかは議論がある。詳しくは以下を参照。)
  • 監修者の著作権はすでに切れている。
  • 大藏出版の了承のもと、2008年からネットで本文テキストが公開されており2012年からページ画像も公開されている
  • 時期を分けて公開され、2013年2月に全巻が公開されることとなった。当初公開分(30数巻程度?)は画質が悪かったが、2013年2月に公開された分(全88巻-前回公開分30数巻)の画質はかなりよかった。
  • 大藏出版が販売中。フルセット税込 1,564,500円。ばら売りで一冊1万〜2万円くらい

『南伝大蔵経大藏出版の当該ページ

  • いわゆるパーリ聖典からの和訳。
  • 全65巻70冊中、21冊分しか公開されていなかった。
  • 監修者の著作権は切れているが各本の翻訳者の著作権は切れているものと切れていないものがあり公開されたのは著作権切れのものだけ。(追記: 2014/1/24の緊急シンポジウムにて安岡孝一先生と確認したところ、Web上で公開されていた「新規公開リスト」を見る限りでは、著作権保護期間の切れていない翻訳者の翻訳分についても公開されているとの記載があります。当時公開されていたものそのものを再確認することができておりませんが、この「新規公開リスト」の記載内容が正しいとするなら、この記述は間違いであり、国会図書館としてはこれを団体著作物もしくは職務著作等と判断して公開した可能性が考えられます。)
  • 大藏出版が販売中。オンデマンド版もあり。フルセット税込 345,450円。


それから、細かい話ですが、『南伝大蔵経』は、シリーズ全体の編集者の中に没後五十年を過ぎていない人もいるという状況です。

いずれにしましても、大蔵出版の社長の主張はともかく、近代デジタルライブラリーにおける他の公開デジタル化資料への影響が懸念されるため、国会図書館として以上の点を踏まえた上でこの状況にどう対応するのかということは要注目かと思われます。

そこで、ある程度状況を調べた上で当方で国会図書館に問い合わせましたところ、きわめて迅速に、以下のご返答をいただきました。なお、まだ確認できそうな事項がいくつかありますので、引き続き問い合わせ中です。

国会図書館の立場

  • 2013/6/28(金)の質問に対する7/1(月)のご回答

近代デジタルライブラリーに関し、お尋ねをいただきました以下の点につきまして、回答させていただきます。
1.「今回の申し入れを受けて、国会図書館でどう対処するかという結論」はいつ出る予定か。

恐縮ですが、現時点では検討の方向性を詰めている段階で、いつまでに成案を得るか見通しを申し上げられる状況ではございません。もちろん理由を示さず利用を停止する状況が続くのは適切ではございませんので、できるだけ早期に結論を出したいと考えております。

2.上記の結論が出るまでは申し入れがあるたびにデジタル化資料の館外公開は一時停止されるのか。

今回の対応は例外的なものであり、申し入れがある度に全て一時停止をするものではありません。現時点では事例ごとにケースバイケースで判断することになるかと存じますが、ご指摘いただきましたように、利用者の皆さまに安定的にサービスを提供することは重要ですので、できるだけ早期に対応方針・基準を定めて公表できるよう検討してまいりたいと存じます。

3.『南伝大蔵経』21巻のデジタル化資料が館外公開停止となった理由とされる「不完全」な点とは何か

『南伝大蔵経』につきましては、全巻の公開途上にあったため、影響範囲が小さいと判断し、日本出版者協議会様との話合い(6月5日)に先行して、一時停止の判断をいたしました。『南伝大蔵経』のデジタル化に不完全な点があったということではございません。

今回の措置につきましては、利用者の皆さまには大変ご不便をおかけすることになり、誠に恐縮でございますが、利用者の皆さま、関係各位のご意見を承りつつ、検討してまいりたいと存じますので、ご理解を賜りますようお願い申し上げます。

  • 2013/7/1の質問に対する7/2のご回答

『南伝』の公開停止は自主的なものか?他の同様の状況のデジタル化資料の公開にも波及するのか?

南伝大蔵経については、説明が不十分で申し訳けありません。
停止のタイミングについては、日本出版者協議会様との面会と前後してしまいましたが、申し入れに対する一時的対応ということでは、南伝大蔵経大正新脩大蔵経も同じ位置づけの措置です。全巻の公開が途上だから自主的に停止したということではありません。
したがいまして、言及のございました他の公開途上の多巻物資料の公開を自主的に止めるというようなことはございません。紛らわしい説明をしてしまい大変恐縮ですが、よろしくご理解をいただきますよう、お願い申し上げます。


日本出版者協議会としての主張

今回の件は、文化審議会著作権分科会出版関連小委員会( http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/shuppan/index.html )にて配布された英独仏における古典出版者保護についての情報( http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/shuppan/h25_01/pdf/sanko_4.pdf )が関係あるような感じ( http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/shuppan/h25_02/pdf/shiryo_3.pdf )です。また、業界関連の情報などをざっと拝見した限りではデジタル時代の権利の在り方について色々な手立てを模索しているようですが、当方が勉強不足なため全体像をまだよく把握できておりません。


『大正新脩大藏經』の個別事情やその他関連しそうな事項

「カーリルのブログ」にてインタビューという形で大蔵出版の青山社長の主張が掲載されています。これ以外に、より詳しい情報が出版業界誌『出版ニュース』2013年4月中旬号、及び出版業界新聞『新文化』の2013年4月18日号・6月13日号に掲載されていますが、いずれもネットでの無料閲覧はできないようです。前者は「出版権はないのか」と題する青山社長のエッセイで、上記のインタビューと同様の方向性の主張がもっと丁寧に説明されています。上記のインタビューで理論的整合性がないと思われた方はこちらも読んでみられるとよいかと思います。その内容は部分的には以下で説明しております。後者は有料でWeb閲覧可能ですが閲覧開始手続きに郵送が2回入るため少々時間を要します。

ネット上では賛否両論あり、そもそも著作権としては切れている上に校訂出版を著作権として認めるかどうかという論点もありますので、全体として否定的な論調が強いですが、一応、青山社長がこのような主張に至った背景にあると思われる『大正新脩大藏經』個別の事情や、その他、この問題を考える上で参考になりそうな情報について以下に少し掲載しておきます。

大蔵出版著作権を有していたことについては、実際に大蔵出版著作権譲渡されていたということが昭和5年と昭和9年の官報から確認できました。それぞれ近代デジタルライブラリーにて公開されています。( http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2957650/10 の10コマ目と http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2958882/9 の9コマ目 )。ただし、このことが戦後にどういう風に扱われたのかは未確認です。付言しますと、校訂出版に著作権が認められるかどうかということとこの著作権登記とは別の問題である可能性もあり、また、この著作権登記が有効だとすると、1995年、高楠順次郎著作権切れを以て著作権切れとなっているはずです。

聖書の著作権に言及するご意見がありましたので検討材料の一つとしてついでにご紹介しておきますと、仏典における『大正新脩大藏經』はいわゆる学術編集版(あるいは校訂版)等と呼ばれるものですが、これに対応する新約聖書のものはNestle-Aland版と呼ばれるもの( http://www.nestle-aland.com/en/home/ )で、この著作権に関してはこちらをご覧ください( http://www.nestle-aland.com/en/extra-navigation/licensing-policy/ )。ここでは、この聖書の学術編集(いわゆる「校訂」)出版における著作権保護の重要性が説明されています。もちろん、かなり改版頻度が高いという点をはじめ、事情が異なるところも多いですが。

場合によっては認められるべきだと筆者は考えておりますが実際にはなかなか難しい問題もあるようです。『漢字文献情報処理研究』弟6号の石岡克俊「「校訂」の著作権法上の位置」にて主要な論点が紹介されています。これがネット上で閲覧できることは @moroshigeki 氏にご教示いただきました。

  • [海賊版が出て大変だったという話は?]

今回の件のきっかけとなった『出版ニュース』2013年4月中旬号の青山社長のエッセイによりますと、戦争で紙型が焼けてしまったため、復刻に取りかかったようです。当初復刻した豪華版は2万円でしたが、80年代に韓国と台湾で海賊版が作成販売されたようで、『大正新脩大藏經』は1冊2万円の豪華本に対して粗悪な海賊版が7500円、『南伝』は1冊9500円だったものに対して3500円の海賊版が出ていたそうです。それぞれに安価な普及版(『大正新脩大藏經』では1万円と『出版ニュース』には書かれていますが実際には約1万〜2万円(超?)と幅があります)を出したことで海賊版を排除したそうです。
ちなみに、台湾における海賊版の出版は、Webサイト等で確認する限りでは、1983年(民国72年)となっております。 http://www.swfc.com.tw/book_view.php?Vcode=1647 この記述が正しいとして、上記の著作権譲渡の記述を前提とするなら、1995年までは著作権保護期間であり(この校訂出版に著作権が認められるとしたなら)、著作権保護期間に(ベルヌ条約未加盟の上に当時はWTOも未加盟だったためTRIPs協定の縛りもなかった)台湾で海賊版が出版されたことで「著作者が創作コストを回収するために与えられた独占管理の期間」に十分にコストを回収できなかったということになるので、そこのところをどう考えるのかということも一つの重要なポイントかもしれません。

  • [『大正新脩大藏經』がネットで公開されてる件]

今回話題になっている大蔵出版は、90年代から『大正新脩大藏經』のデジタル化・公開を学術利用向けに許諾しており( http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/ )、画像を閲覧できるだけでなくテキストの全文検索等もできるようになっています。結果として、デジタル世界でもすでに『大正新脩大藏經』がデファクト・スタンダードになっております。

  • [『大正新脩大藏經』出版時の(大変な)苦労話]

民間セクターによる古典の大規模学術出版の大変さの例にもなるかと思い、『大正新脩大藏經』出版に際しての逸話を連続ツィートしました。それを、こちら( http://togetter.com/li/521547 )やこちら( http://togetter.com/li/521564 )にて、まとめていただいております。
そして、それほど苦労して刊行したのに紙型や在庫が戦災で焼けたので改めて洋装版からオフセット印刷したのが現在出版されているもので、その際に改めて各種一次資料を再度参照してかなり修正したようです。

  • [近デジで大蔵経は見られないの?]

『大正新脩大藏經』以前に活版の和装本で出版され、その校訂作業の基盤ともなった『大日本校訂大蔵経(『縮刷蔵』『縮蔵』とも呼ばれます)』( http://kindai.ndl.go.jp/search/searchResult?SID=kindai&searchWord=%E5%A4%A7%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%A0%A1%E8%A8%82%E5%A4%A7%E8%94%B5%E7%B5%8C )については、まだ全巻ではありませんが近代デジタルライブラリーに掲載されています。高麗大蔵経を底本としつつ、宋・元代に刊行された木版大蔵経及び黄檗版を参照した校訂テクストであり、デジタル化資料としての画質もなかなかのものです。

『大正新脩大藏經』の底本とされる『高麗大蔵経』はテキスト・画像も含めてWebで公開されています。( http://kb.sutra.re.kr/ritk/index.do )こちらは木版のもので、11世紀に彫られた版木は消失したそうですが、その後13世紀に再度彫られた版木が現在でも海印寺http://www.haeinsa.or.kr/home.html )に残っています。『大正新脩大藏經』校訂の際には芝の増上寺( http://www.zojoji.or.jp/ )に保存されている版本を用いたそうです。

  • [漢訳大蔵経全般の来歴について]

『大正新脩大藏經』も含む様々な漢訳大蔵経について解説したその筋では有名な文書が、なんとWebで閲覧できるようになっていたことを @KAN0U 氏にご教示いただきました。 http://www.bukkyo-u.ac.jp/facilities/library/publish/files/josho051.pdf 『大正新脩大藏經』の問題点についても少し触れられています。特に図書館等でレファレンスサービスに携わる方々にはおすすめです。
また、Web上では閲覧できませんが、漢訳大藏經に関しては

デジタル化も含めた大蔵経全般に関しましては

あたりが比較的容易に情報を得られるのではないかと思います。